インドの世界遺産「チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3), (4), (5), (6)
登録年2004年

インド西部のグジャラート州には、チャーンパーネール村とパーヴァーガドの丘があり、ここには先史時代から初期ヒンドゥー教時代に築かれた要塞、16世紀に作られたグジャラート州の遺跡など、さままざまな時代の遺構が残ります。丘の上に残るカーリーカマタ寺院は今でもヒンドゥー教の聖地として、多くの巡礼者が集まります。

ここではチャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園について詳しくなること間違いなし!

目次

チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園とは?

ケバダ・モスク/チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園
画像素材:shutterstock

インド西部のグジャラート州東部。ここに位置するチャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園は、平原の中にある標高800mのパーヴァーガドの丘にあり、先史時代から中世にいたるまで集落が存在していました。この地はもともと13世紀にラージプート族による王朝チャウハン朝の末裔によって征服されると城塞が築かれたため、寺院や貯水施設を含む初期のヒンドゥー教の要塞が今でも残っています。その後、15世紀になるとイスラム国家であるグジャラート・スルターン朝(1407〜1573年)が丘の麓の現在のチャーンパーネールに集落を再建し、この地方の中心都市となりました。

ここは建築物や要塞などの遺構を除き、まだまだ未発掘のままですが、要塞、宮殿、住居など、都市計画がそのまま残されています。特に寺院や貯水施設は、後のヒンドゥー教やイスラム教の建築に影響を与えていて、スルタンが住む街であったチャーンパネールの大モスクは、後のインドのモスク建築のモデルにもなりました。パーヴァーガドの丘の頂上にあるカリカ・マタ寺院は、今でも多くの巡礼者が訪れます。

チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

大モスク/チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園
画像素材:shutterstock

チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園が評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
16世紀にグジャラート・スルターン朝のマフムード・シャー1世によって再建されたチャーンパーネールは、モスクや貯水施設を備えていて、宗教・軍事・農業にまつわる建造物として、世界に誇る文明の足跡が見られるという点。

登録基準(iv)
遺跡に残る大モスクは、ヒンドゥー教とイスラム教建築の融合を示し、その後のインドのモスク建築のモデルとなったもので、この建築様式はインドの各地方に存在したスルタン国家の時代を示すものであるということ。

登録基準(v)
チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園は、環境や地形、自然の特徴を最大限に活用した短期間に栄えた都市の例で、現在は放棄されたために森の中に埋もれ、都市化によって破壊されやすい状況であるという点。

登録基準(vi)
チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園は、今でもヒンドゥー教の信者たちの礼拝と巡礼の場所であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

チャーンパーネール・パーヴァーガド遺跡公園は、ヒンドゥーとイスラム王朝の両方に支配されたために、優れた都市計画だけでなく、建築様式の融合が見られ、ここで確立された大モスクはその後のインドのモスク建築のモデルともなったという点で評価されています。そして、ヒンドゥー教寺院は今でも現役の巡礼地であるというのもポイント。

ちなみに、グジャラート州は今でもヒンドゥー教徒が9割というほどにヒンドゥー教が盛んな地。この地に残るモスクも遺構となってしまっているものの、ヒンドゥー教寺院が現役で利用されているのもこういった背景があるかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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