そもそも世界遺産のように「遺跡をきちんと保護していく」という発想はいつ生まれたのか?それは古来からあるのかもしれませんが、1931年に採択された、世界遺産条約の前進である「アテネ憲章」が始まりといえるでしょう。
現在の世界遺産に繋がるアテネ憲章を世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、アテネ憲章について詳しくなること間違いなし!
そもそもアテネ憲章とは?
1931年にギリシャのアテネで開催された第1回「歴史的記念建造物に関する建築家技術者国際会議」にて採択されたもの。それ以前は、遺跡や建造物などの考え方は国際的に統一されていないかったのですが、
・記念物や建造物の場合、その存在意義を感じながら使用を続けること
・歴史的建造物は政府などの機関の保護下に置くこと
・保存のアドバイスする機関の設立
・記念物や建造物の教育の重要性
このような方針が決定したのです。
ヴェネツィア憲章との違いは?
しかし、文化遺産を守っていくという点では、画期的なものだったのですが、現在の世界遺産条約とは異なる点がありました。それが、
「修復する際は、近代的な技術と材料を認める」
という点。つまり、過去の建物を修復する時は、その時代の素材や技法などは無視してもOK!ということになってしまったのです。さすがにこれだと遺跡や建造物は保管していくのは難しいということで、1961年の第2回「歴史的記念建造物に関する建築家技術者国際会議」では、可能な限り保存しようという方針になりました。こちらで採択された憲章が「ヴェネツィア憲章」となってなり、世界遺産条約の概念にグッと近くなります。
世界遺産マニアの結論と感想
そもそも1931年に、現在の世界遺産に繋がるアイデアが存在していた!ということに驚きですね。でも、「その時代の素材や技法などは無視してもOK!」というのは、さすがにどうよ…って感じはします。まぁ、1931年の時点で過去の遺産を大事にしようって思う人達がいたということでも素晴らしいのですがね。
※写真はイメージです
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。