ナレースワン(1555〜1605年)は、タイのアユタヤ王朝(1351〜1767年)の王であり、ビルマ(現在のミャンマー)から独立を勝ち取ったことから英雄として「タイ三大王」の1人と数えられています。ナレースワンとはどういった人物だったのでしょうか?
今回はナレースワンがどんな人物だったかを世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ナレースワンについて具体的に理解できること間違いなし!
ナレースワンとはどんな人物?

1555年にタイ北部のピッサヌローク生まれます。アユタヤ王朝は当時、隣国のビルマに攻められていて、その支配下にあり、ナレースワンは幼少期にビルマへ人質として送られました。1569年に父マハータンマラーチャーティラートがビルマの傀儡として王と即位すると、アユタヤへ戻り、ビルマとの戦争を開始。1584年にアユタヤの独立を宣言し、1590年に父王が死去すると即位。1593年にはビルマの王子ミンチッタ・スラと象に乗り、一対一で決闘したことで有名ですが、これはあくまでも伝説。
その後、カンボジアを攻略し、アユタヤの影響力を拡大。1600年にはビルマの都を滅ぼし、アユタヤの再生を果たします。その後、国家の制度改革と中央集権化を進め、各地に王族を置く制度を廃止し、官吏の派遣を行いました。1605年にナレースワンは遠征中に病死。その後、アユタヤは海外との交易で繁栄していきます。
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トゥンヤイ-フワイ・カーケン野生生物保護区/タイ



1972年設立のカーンチャナブリー県とターク県にまたがるトゥンヤイ・ナレースワン野生生物保護区、1974年設立のターク県とウタイターニー県にまたがるフワイ・カーケン野生生物保護区の2つが合わさり、合計で約6220平方kmにも及ぶ広大な遺産。ここは古来より開発されることもなく、手つかずの自然がそのまま残っていることから、2つの大きな川が含まれた、東南アジアでも原生林を保護している最大の森林地帯となっています。
トゥンヤイ・ナレースワン野生生物保護区はナレースワンがビルマとの戦争の際にここで陣地を敷いたことから、トゥンヤイ・ナレースワン(ナレースワンの大草原)と呼ばれるようなっています。
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世界遺産マニアの結論と感想
ナレースワンは、タイでは国民的英雄とされ「大王」の称号を持ちます。彼はタイの独立の象徴となり、現在も映画やドラマでも頻繁に取り上げられるほど。現在でも三大王の一人として、タイ各地で銅像などが建造されています。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。