沖縄県の世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」とは?世界遺産マニアが簡単に解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (3), (6)
登録年2000年

沖縄本島のグスクといえば、首里城と共にそれぞれ世界文化遺産に登録されていることで有名ですね。ところで、グスクとその関連遺跡はなぜ世界遺産に登録されているのでしょうか?意外と知ってそうで知らない!

ここでは、今回は琉球王国のグスク及び関連遺産群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、グスクとその関連遺産について詳しくなること間違いなし!

目次

世界遺産・琉球王国のグスク及び関連遺産群とは?なぜ評価されたのかを簡単に解説!

今帰仁城
画像素材:shutterstock

10〜12世紀にかけて、沖縄各地に農村集落が成立し、後に防衛のため、石の壁で村を囲むようになりました。これが現在も残るグスクの原型となったもので、12世紀以降は按司(あじ)と呼ばれる豪族が出現し、グスクは彼らの居城として堅固な石垣で囲まれた要塞のような形へと変化していったと考えられています。

ちなみに、グスクは「具足」と感じが当てられていき、城という意味だけなく、集落に暮らす人々にとっては、自然崇拝や先祖崇拝を行う聖域としての役割もあり、「拝所(うがんじゅ)」と呼ばれる宗教的施設を備えていました。これらは日本だけでなく、中国や東南アジアと交流を続けて経済発展し、琉球列島独自の文化を形成していた証拠にもなっています。

やがて按司を束ねる王が生まれ、沖縄本島は「北山(ほくざん)」「中山(ちゅうざん)」「南山(なんざん)」の3つの王国が並び、この時代は三国時代と呼ばれます。1429年に中山王であった第一尚氏が統一し、中山のグスクであった場所が王家の居城として発展し、これが現在の首里城となり、琉球王国最大の城となりました。

正殿内部の玉座/首里城跡
画像素材:shutterstock
※写真は2019年の消失前のものです

1458年に有力按司であった勝連城の「阿麻和利(あまわり)」が反乱を起こし、鎮圧されると王朝が変わり、第二尚氏3代目の尚真王が中央集権体制を確立。その後、首里城の周囲に「玉陵(たまうどぅん)」という陵墓を建造し、王族の聖域として「園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)」も造成。王族の女性が神女となるような祭政一致の改革を行いました。

しかし、1945年に沖縄にアメリカ軍が上陸し、首里城やグスクも破壊されました。それでも遺構は残り、それぞれが復元され、2000年には500年以上に渡る琉球王国の歴史を証明するものとして世界遺産に登録。

琉球王国のグスク及び関連遺産群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

歓会門/首里城跡
画像素材:shutterstock

グスクや関連遺跡が評価されたのは?以下の点。

登録基準(ii)
琉球列島は、数世紀に渡って中国、韓国、東南アジア、そして日本との経済や文化的交流の中心地として発展し、それは現存する建造物によって示されているという点。

登録基準(iii)
琉球王国の文化は、その環境において独自に発展し、繁栄したということ。

登録基準(vi)
斎場御嶽など、琉球王国時代から続く聖地は、現在でも住民たちに自然崇拝や先祖崇拝の場として大切にされているという点。

の3つ。つまり、

「琉球王国では、東アジアや東南アジアと交易を重ねることで独特の文化が花開き、それが島に残るグスクや聖域にも見られ、現在でも住民の間で自然崇拝や先祖崇拝として崇拝の対象となっている」

ということですね。

守礼門
画像素材:shutterstock

実際に登録されているのは、9つの資産で構成されています。

・今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
・座喜味城跡(ざきみじょうあと)
・勝連城跡(かつれんじょうあと)
・中城城跡(なかぐすくじょうあと)
・首里城跡
・玉陵(たまうどぅん)
・園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
・識名園
・斎場御嶽(せーふぁうたき)

それでは、ひとつひとつ解説していきましょう。

琉球王国のグスク及び関連遺産群の構成遺産をご紹介

1、今帰仁城跡(なきじんじょうあと)

今帰仁城跡
画像素材:shutterstock

島の北東部に位置していた北山王国(14世紀〜1416年)の居城で、中心部であった場所。琉球王国が成立した後は、王府から派遣された北山監守の城として使用されていました。ここは丘の上に位置していて、川や谷に囲まれた天然の要塞。城壁は自然の石をそのまま積み上げる「野面積み」が見られ、曲線を描くように囲まれています。ここは県内最大級のグスクとしても有名。

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2、座喜味城跡(ざきみじょうあと)

座喜味城跡
画像素材:shutterstock

読谷村の西海岸にあるグスクで、15世紀に有力按司であった護佐丸によって築かれたもの。グスクは丘の上に築かれたため、周囲を見渡すことができ、ここは米軍の基地があったものの、本土復帰後は修理が進められ、アーチ型の城門の保存状態も良好。

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3、勝連城跡(かつれんじょうあと)

勝連城跡
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勝連半島の西側の崖の上に築かれたグスク。12世紀には既に築城が始まったとされ、登録されているグスクの中でも最古のものとされています。現在の勝連城は14世紀に勝連の按司によって建造され、15世紀に阿麻和利がクーデターで城を奪い、居城としたものの、第一尚氏によって滅ぼされ、廃城となります。

ここは南城(ヘーグシク)と北城(ニシグシク)によって構成されていて、自然の丘を利用した石垣で仕切られた曲輪があり、港(南風原集落)も併設されていました。

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4、中城城跡(なかぐすくじょうあと)

中城城跡
画像素材:shutterstock

中城村に位置する標高約160mの高台にあるグスクで、勝連城とは中城湾の対岸に建つもの。14世紀後半に築かれ、15世紀に座間味城から移封された護佐丸によって、6つの曲輪で構成される現在の姿になりました。ちなみに、護佐丸は最後自刃をしたとされ、ここには護佐丸の墓もあります。

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5、首里城跡

首里城跡
画像素材:shutterstock

琉球王朝の居城で、那覇市内を見下ろすように丘陵地帯に築かれたもの。14世紀には中山王の城として建造され、琉球王国の首都となると、ここは政治や経済、文化の中心地でありました。

ここは二重の城壁に囲まれていて、合計で1080mにもなり、ここは水平に揃えて積む「布積み」や石材を加工する「相方積み」が混在するもの。内郭には9つの門、外郭には4つのアーチ門がありました。

画像素材:shutterstock

王の住まいの正殿、政務をする南殿に囲まれた御庭(うなー)は何度も破壊と再建を繰り返し、現存していません。正殿の裏側は「御内原(うーちばる)」と呼ばれ、ここは王族や女官たちの住まいとなっていて、現在は発掘が進み、遺構なども発見されています。

しかし、2019年の火災によって、正殿と北殿、南殿が全焼し、現在は再建工事が行われています。1958年に再建された守礼門は火事の影響を受けずに残っていて、城壁や門以外で当時の雰囲気を残す建造物はほぼここだけ。

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6、園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

園比屋武御嶽石門
画像素材:shutterstock

首里城の北側、石門の背後に広がる森のこと。ここは1519年に第二尚氏の三代尚真王によって建造された礼拝所で、木造の建築様式なのにもかかわらず、石造であるという独特のもの。沖縄戦の際に破壊されたため、戦後は修復されています。

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7、玉陵(たまうどぅん)

玉陵
画像素材:shutterstock

首里城の西側に位置する玉陵は、1501年に第二尚氏の3代・尚真王によって建造され、第二尚氏歴代の王が葬られた陵墓。ここは沖縄最大の破風墓で、内部は中室、東室、西室の3つに分かれています。まず、王族の遺体は中室に置かれ、数年建つと骨は洗骨され、王と王妃、王子は東室、その他の王族は西室に置かれたという独特のスタイル。

しかし、ここも沖縄戦の際に破壊され、ほとんどが復元されたもの。

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8、識名園

識名園
画像素材:shutterstock

首里城から約1.5km南の位置にある王家の庭園だった場所。ここは1799年に造園され、中国と沖縄の独自の様式が見られるもの。中国からの使者が訪れた際に使用する迎賓館のような役割だったとされています。沖縄戦でほとんどが破壊されたため、現在見られる建造物はほぼ復元されたもの。

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9、斎場御嶽(せーふぁうたき)

斎場御嶽
画像素材:shutterstock

沖縄本島の南部に位置する聖域。御嶽とは、琉球神道の祭祀施設を指していて、神がいる場所として崇拝されてきました。ここは琉球王国の最高神職である聞得大君(きこえおおぎみ)による儀式が行われてきた場所で、写真は「三庫理(さんぐーい)」といった国内でも最も格式の高い拝所であった場所。

ここは中央集権だった琉球王国の王族の信仰を支える国家的祭祀の場として存在し、かつては男子禁制だった場所でもありました。

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世界遺産マニアの結論と感想

現在も残るグスクや琉球王国時代の崇拝された場所では、かつて琉球王国が東アジアや東南アジアと交易があったことから、独特の文化が見られるという点で評価されています。そして、現在でも住民の間で自然崇拝や先祖崇拝が残っているというのもポイント。

グスクは別に城というの機能だけではないのですが、日本語としてはイマイチよい言葉を当てはめることができないため、とりあえず「城」とされていますが、奄美では陵墓の役割もあったりと…ぴったりの言葉が出てこないというのが現状。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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