登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (4) |
登録年 | 1991年 |
スオメンリンナの要塞は、18世紀後半、当時のスウェーデンがヘルシンキの港の手前にある島に建造した星型要塞。ヨーロッパの軍事建築としては非常に評価が高い要塞です。スオメンリンナは「スオミの城塞」という意味で、スオミはフィン人の自称。今でも島には世界でも最先端だった軍事要塞の名残が見られます。
ここでは、今回はスオメンリンナの要塞がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、スオメンリンナの要塞について詳しくなること間違いなし!
スオメンリンナの要塞とは?スオメンリンナ島も含めて解説
14〜18世紀までフィンランドは「スウェーデン=フィンランド」として、スウェーデン王国に支配されていました。1748年にロシアからの侵攻に備えるため、ヘルシンキ近海の群島に要塞を建設。当時は「スヴェアポリ(スウェーデン)要塞」という名で呼ばれていました。これはフランスの要塞建築の名手、ヴォーバンの理論を用いたもので、堅固な要塞はヘルシンキを防衛し続けたもの。北ヨーロッパで最も大きな稜堡を持つ要塞としても有名です。
要塞は6つの島々から構成され、2000の建設物と合計6kmの城壁で構成されています。19世紀にロシアに支配されるようになると、兵舎や砂州、ドックなど、近代的な要塞の施設が追加され、現在でも見られる要塞の形へと発展していきました。
1917年にフィンランドが独立した後は、「スオミの城塞」という名のスオメンリンナの要塞に改称。スオミはフィン人の自称で、第2次世界大戦後には軍事要塞としては衰退し、1973年からは要塞は、図書館や宴会場、ホテル、レストランなど民間の施設として開放されました。今は観光名所として有名で、多くの観光客が訪れるディスティネーションになっています。
スオメンリンナの要塞はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
スオメンリンナの要塞が評価されたのが、以下の点。
登録基準(iv)
軍事建築の歴史において、スオメンリンナ要塞は優れた例であるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
現在のスオメンリンナの要塞は北欧らしいおしゃれなエリアになっているので、想像できないかもしれませんが、実はヨーロッパの要塞建築としてを代表するほどの優れた防衛システムを持つ要塞だったのです。
ちなみに、スオメンリンナ島内にある石壁には、裏千家フィンランド協会によって茶室が設置。何故かかつての軍事要塞で、密かにフィンランドと日本の友好が深められているのです…。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。