登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (4) |
登録年 | 2024年 |
西三川砂金山(にしみかわさきんざん)は「佐渡島の金山」の構成資産の一つ。ここは砂金が地中に埋まっているというエリアで、古くから人々は山肌を削り、水路を多く建造し、水を洗って砂金を採取しました。ところで、西三川砂金山はなぜ世界遺産なのでしょうか?
ここでは西三川砂金山がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、西三川砂金山について詳しくなること間違なし!
西三川砂金山とは?
島の南部・小佐渡山地に位置する砂金鉱床。「金山」とはいうものの、地名としては西三川村(現在の真野町・羽茂町の一部)周辺に点在する砂金が採取できる山々の総称で、ここは国内で唯一の埋没型の砂金鉱床であり、世界的にも珍しいもの。
この地に金の存在が確認されるのは、平安時代末期。その時代に成立した『今昔物語』にはその記載があり、「佐渡の国の金山」は西三川の砂金山のことを示すとされています。本格的に金山として開発されたのは1460年ころ。金山としての歴史は佐渡でも最古であり、このころは田畑を「天地返し」にして沈殿した砂金を取り出すようにして掘り出すものでした。
16世紀〜17世紀になると、山肌などを削り落とし、砂金を含んだ土石を川へと滑り落として、砂金を採取する「大流し」のために水路などが多く建造されました。水路は合計で約9km以上にも達するものも。採取量は江戸時代後期には減少していき、1872年になると閉山となり、現在は採掘の跡地は農地に、砂金流しの用水路は農業用に活用され、今も残されています。現在の笹川集落とその周辺には、作業小屋や水路、堤の跡などが点在。
西三川砂金山はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
西三川砂金山が評価されたのは以下の点。
登録基準(iv)
佐渡島は南と北の2つの山脈に1つの沖積平野で隔てられるという地形であり、島に残る金と銀の鉱床は、熱水が地表に上昇し、地殻変動により、海底に沈んだ後、再び隆起したという構造です。そのような環境のなか、砂金の鉱床は、西三川地域で採掘され、後に火山岩の風化により鉱脈が露出し、相川・鶴子地域で地下採掘が行われました。地下と地上に残る遺構は、採鉱のための社会・労働組織が反映されているという点。
世界遺産マニアの結論と感想
西三川砂金山は、日本で唯一の砂金鉱床で、平安時代末期の記録が残るほどに古い金山です。ここは採掘跡や山を削り、砂金を含んだ土石を流す水路が残存していて、現在は農地として転用されているのが特徴。鉱山として技術の発展が見られるという点で評価されています。
ちなみに、西三川にある「佐渡西三川ゴールドパーク」は、金のことならなんでも分かるという体験型資料館であり、「必ず採れる」という砂金採り体験ができることで有名!昔の人のように金を発見した時の喜びを体験したいなら、ぜひ行ってみてはいかが?
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。