シリアの世界遺産「古代都市アレッポ」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産、危機遺産(2013年〜)
登録基準(3),(4)
登録年1986年

古くから文明の交差点であったアレッポは、さまざまな国によって支配されてきました。旧市街には今でも、世界最古のモスクとスーク、城、神学校、宮殿、キャラバンサライ、ハマムなど、各時代の特徴が残る独特の町並みが残っていますが、内戦により多くの建物が破壊され、現在は危機遺産にも登録されています。

ここでは、アレッポがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、アレッポについて詳しくなること間違なし!

目次

古代都市アレッポとは?

画像素材:shutterstock

トルコの国境近く、シリア第2の都市として現在も多くの人々が住むアレッポ。もともとこの地で交易が始まったのは、紀元前2000年前と考えられています。その後、アレッポは、ヒッタイト、アッシリア、アッカド、ギリシャ、ローマ、ウマイヤ朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国によって支配されていきました。世界初のイスラム王朝であるウマイヤ朝時代は首都として繁栄したことでも知られます。

旧市街は12〜14世紀に作られた城壁に今でも囲まれています。街はローマ時代の区画が今も残っており、6世紀のキリスト教会跡、中世の壁、アイユーブ朝時代からマムルーク時代にかけて建造されたモスクと神学校、オスマン帝国時代の宮殿などが並ぶ、まるで博物館のような都市。

危機遺産

2011年から続くシリア内戦により、アレッポも被害を受けてきました。2013年からは危機遺産に登録されています。

登録されている主な構成遺産

アレッポ城

画像素材:shutterstock

紀元前10世紀に建造されたとされる神殿の上に立つ城。ギリシャやビザンチン帝国、アイユーブ朝、マムルーク朝などに占領され、各時代の遺構が残るアレッポを代表する要塞。現在の建造物はおもに13世紀のアイユーブ朝時代に造られ、城塞として整備されたもの。しかし、シリア内戦により、城壁なども破壊されてしまいました。

アル=マディーナ・スーク

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世界最古のスークとされ、原型となった市場は紀元前1世紀から始まったとされます。スーク内はおもに天蓋で覆われていてまるで迷路のよう。モスクや神学校、ハマムなど残っているものの、現在でも多くの商店が軒を並べる生きた遺産と言えるでしょう。しかし、シリア内戦により、スークで火災が発生し、多くの商店が被害を受けました。

ウマイヤ・モスク

画像素材:shutterstock

かつてはキリスト教の大聖堂として建てられたもの。8世紀のウマイヤ朝時代にモスクが建てられ、これが世界初のモスクとして考えられています。しかし、ウマイヤ朝時代の建造物は12世紀にほぼ崩壊し、その後何度か崩壊・修復を繰り返し、現在の建築物は11〜14世紀に造られたものがベースになっています。しかし、こちらもシリア内戦により、激しい戦闘が行われ、11世紀建造のミナレットなどが破壊されてしまいました。

古代都市アレッポはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

古代都市アレッポが評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
旧市街は、さまざまな民族が住んだこともあり、多様な文化で溢れていて、人類の歴史が多く詰まった都市の1つであったとという点。

登録基準(iv)
アレッポは、12世紀のアイユーブ朝時代の都市建築の傑作であり、軍事要塞としても評価が高いという点。

世界遺産マニアの結論と感想

とにかく、アレッポの旧市街は歴史が深すぎて、街全体が博物館といっても過言ではないでしょう。そして、今でも各時代の人々が残した足跡は街の各所に残りますが、現在のアレッポの原型はアイユーブ朝時代に作られたもの。

しかし、近年シリアの政情が不安定となり、街は戦場となりました。貴重な建築物の多くは破壊されてしまい、現在は危機遺産にも登録されてましたが、まだまだ現状把握が難しい段階ではあるのですべてが綺麗に修復される日が来るのを祈るばかりです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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