イギリスの世界遺産「バース市街」とは?世界遺産マニアが解説

  • URLをコピーしました!
登録区分文化遺産
登録基準(1), (2), (4)
登録年1987年

イギリスの南西部の小さな街バースは、ローマ時代から温泉地として栄えた街。18世紀初頭のジョージ王朝時代には、新古典主義様式の美しい建築物とローマ式の浴場などが築かれ、優雅な町並みが形成されました。

ここでは、バース市街がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、バースについて詳しくなること間違いなし!

目次

バース市街とは?

ロイヤル・クレッセント/バース市街
画像素材:shutterstock

イングランド南西部サマセット州にあるバースは、1世紀にここを支配していたローマ人によって温泉地が造られたことが起源。町中にはローマ式の大浴場やスリス・ミネルヴァ神殿などが並び、温泉街として発展しました。その後、アングロ・サクソン人がこの街を古英語で「温泉」を意味するバースと呼んだことから、これが地名となりました。
※ちなみに、英語のbath(風呂)は語源ではないので要注意

ローマが撤退するとこの地は荒廃したものの、温泉の利用は続き、16世紀のエリザベス1世時代になると温泉地として復活。18世紀になると再び温泉地として人気が集まり、特に富裕層が集まるようになりました。18世紀初頭のジョージアン時代(ジョージ1〜3世の治世)には、社交の場としても有名に。

建築家ジョン・ウッドは当時ヨーロッパで流行した、古代ギリシャ・ローマを取り入れたパッラーディオ様式を採用し、高級住宅地として円型に邸宅を並べたザ・サーカスを建造。そして、その息子であるジョン・ウッド・ジュニアによってロイヤル・クレッセントなどが築かれ、優雅な建築物が並ぶ温泉街となりました。

登録されている主な構成遺産

ローマン・バス(パンプ・ルーム)

ローマン・バス(パンプ・ルーム)/バース市街
画像素材:shutterstock

バースの地下から湧き出た温泉を利用した公衆浴場跡。ここは、ローマ時代の女神であったミネルヴァと同一視されてた女神スリスを祀る神殿があり、1世紀からローマ人によって浴場が築かれました。しかし、5世紀になるとローマ人が撤退すると地下に埋没。

その後、療養所などが築かれたこともありましたが、18世紀になると、ジョン・ウッド親子によって再開発されます。ここにはパンプルームが築かれ、当時の大浴場とは地下で繋がるように。

バース・アビー(バース寺院)

バース・アビー(バース寺院)
画像素材:shutterstock

街の中心部にあるイングランド国教会の寺院。ここは7世紀に設立されたもので、12世紀と16世紀に再建されています。19世紀に大幅に改修され、現在の姿に。館内にはゴシック様式のヴォールトが見られます。西側にはヤコブの梯子をモチーフにしたデザインが施されていることでも有名。

ザ・サーカス

ザ・サーカス/バース市街
画像素材:shutterstock

建築家ジョン・ウッドによって築かれた邸宅が円状に並ぶエリア。これらは1754〜1768年の間に建てられ、ジョージアン様式建築の代表作でもあります。名前のサーカスは、ラテン語の「円」や「リング」などを意味する言葉から由来。

ロイヤル・クレッセント

ロイヤル・クレッセント/バース市街
画像素材:shutterstock

こちらは建築家ジョン・ウッドの息子であるジョン・ウッド・ジュニアによって1767〜1774年の建造されたもの。クレッセント(三日月)というだけあって、30件のテラスハウスが半月状に並ぶ壮麗なデザイン。

バース市街はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ローマン・バス(パンプ・ルーム)/バース市街
画像素材:shutterstock

バースが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
バース市内に残る新古典主義様式の建築物は、建築家、実業家、社交界のリーダーなどの尽力により、温泉街を含めて美しい都市景観となったという点。

登録基準(ii)
ロイヤル・クレッセントなど、バースの都市計画は、19世紀のヨーロッパの田園都市建築において大きな影響を与えたということ。

登録基準(iv)
バースは、18世紀の再開発の際に、ローマ建築とジョージアン王朝時代の建築を組み合わせた独特の景観を持つ都市であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

古代ローマ時代には温泉街として栄えたバースは、18世紀になると富裕層の保養地となり、ローマ時代の遺構と古代ギリシャ・ローマを取り入れたパッラーディオ様式を見事に組み合わせた町並みが形成されたという点で評価。このジョージアン王朝時代の都市建設は、ヨーロッパの各都市に影響を与えたというのもポイント。

バースには、18~19世紀の女性作家であり、『高慢と偏見』『エマ』などで有名なジェーン・オースティンが住んでいた家もあり、こちらは記念館になっています。ちなみに、この町での経験が小説に多大な影響を与えているとか。実際にバースでは小説は書かなかったのですが、当時はせっかくのプロポーズを断ったそうで…辛い経験があるからこそ良い小説が書けたのかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

目次