イギリスの世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (2), (6)
登録年1988年

イギリス南東部にあるカンタベリーには、英国国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂があります。ここは6世紀から英国のキリスト教布教の中心地で、カンタベリーのアウグスティヌスが創設した聖オーガスティン修道院やイギリスで最も古い教会である聖マーティン教会なども合わせて登録。

ここでは、カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、これらの大聖堂と修道院、教会について詳しくなること間違なし!

目次

カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会とは?

画像素材:shutterstock

イングランド南東部ケント州のカンタベリーは英国国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂があり、今でも巡礼地となっている街。ここは6世紀ころにローマ教皇グレゴリウス1世によって派遣された、カンタベリーのアウグスティヌスによって、当時この地を治めていた、アングロサクソン七王国の一つケント王国の領土内に聖堂や修道院を建造したのが起源。

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現在のカンタベリー大聖堂は、12世紀に造られたもの。カンタベリー大司教であったトマス・ベケットが、教会の自由を巡って当時の英国王ヘンリー2世と争い、ここで暗殺されてしまいます。しかし、ローマ・カトリックによって列聖されると、ここはトマス・ベケットが殉教した地として、巡礼地になりました。大聖堂はその後すぐに火事によって消失し、500年以上の時をかけて再建。

16世紀にヘンリー8世が離婚をきっかけに英国国教会を成立させ、ローマ・カトリックから独立すると、カンタベリーが英国国教会の総本山として選ばれました。

登録されている主な構成遺産

カンタベリー大聖堂

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6世紀にカンタベリーのアウグスティヌスによってこの地に聖堂が築かれた後に、12世紀に英国王となったウィリアム1世によって、ロマネスク様式の大聖堂が建造されます。トマス・ベケットがこの地で暗殺され、やがてローマ・カトリックにより聖人にされたことから、この地は聖地とされました。現在でもトリニティー礼拝堂の下にベケットの墓があります。

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しかし、1174年に火事によって聖堂は消失。その後、ゴシック様式で再建されつつも、14世紀にはさらに改築が続けられ、18世紀ころには現在見られる形になりました。現在の大聖堂は3つの塔が建つ壮麗な建築物になり、特にステンドグラスが美しく、最も古いものは12世紀後半から残るもの。

聖オーガスティン修道院

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街を覆う城壁の外に築かれた修道院。ここも6世紀にカンタベリーのアウグスティヌスによって建造されたものですが、12〜13世紀に再建。しかし、16世紀にヘンリー8世によって修道院が解散されると、18世紀までは宮殿として利用されていたものの、大嵐により損壊。その後は廃墟となってしまいました。

現在は英国政府により設立され、歴史的建造物の保護を目的にしている組織であるイングリッシュ・ヘリテッジによって管理されています。

聖マーティン教会

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聖オーガスティン修道院のさらに先にある小さな教会。ここは4世紀からキリスト教の礼拝所として使用されていたという説もあるほどに古くから信仰が守られ続けてきた場所。6世紀にケント王国の王妃ベルタによって築かれた礼拝堂をカンタベリーのアウグスティヌスが教会として利用しました。

このことからここは英国で最も古い教会であり、英語圏で最も古い教区教会とされています。

カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

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これらの大聖堂と修道院、教会が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
カンタベリー大聖堂は、壮麗な外観を含め、古いステンドグラスなどの芸術作品も多く残るという点。

登録基準(ii)
聖オーガスティン修道院の建築様式や写字室(写本を行う場所)は、ケント王国を越えて広く影響を与えたということ。

登録基準(vi)
カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会は、アングロサクソン七王国にキリスト教が布教されたという事実を示すものであるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

世界遺産としての評価としては、巡礼地としての評価というよりも、ここがブリテン島の布教の入口となって、やがて聖オーガスティン修道院の建築様式や施設などが他の地域に広がっていったということにスポットが当てられてます。もちろん、歴史深いカンタベリー大聖堂は建築物としての評価が高いというのもポイント。

ちなみに、トーマス・ベケットと同じ部屋に埋葬されているのが、エドワード黒太子。フランスとの百年戦争で活躍した人物で、黒い鎧を来ていたという伝説が作られたことから「黒太子」と呼ばれるようになりました。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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