登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (3), (6) |
登録年 | 1983年 |
ポルトガルの首都リスボンの港にあるジェロニモス修道院はポルトガルのマヌエル様式の最高傑作。その近くにあるベレンの塔は探検家ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路の開拓を記念して築かれたもので、ポルトガルによって大陸間交易という新時代を切り開いたという点で評価されたもの。
ここでは、リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ジェロニモス修道院とベレンの塔について詳しくなること間違いなし!
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔とは?
リスボンの中心部から西に位置するベレン地区は、ポルトガル語で「ベツレヘム」を意味しています。ここはインド航路を発見したヴァスコ・ダ・ガマが出発した地であり、この地区に残る壮麗な建築物は海外との交易で得た富を手にしたポルトガルの繁栄が分かるもの。
特に世界遺産に登録されているジェロニモス修道院とベレンの塔の2つは大航海時代に活躍し、ポルトガル海上帝国の栄華を今に伝える建築物でもあります。
ジェロニモス修道院
リスボン港の入口にある修道院は、石灰岩で築かれているため、外観は白亜の美しい建築物。ここは聖書の翻訳者であった聖ヒエロニムス(ポルトガル語でジェロニモス)を崇拝するヒエロニムス会の修道院です。そして、歴代のポルトガル国王の霊廟としても利用されていました。
ここは海外航路の探検を積極的に支援したアヴィス王朝のマヌエル1世が、大航海時代の先駆け的存在であったエンリケ航海王子、そしてヴァスコ・ダ・ガマの業績を称えるため、危険な航海に立ち向かう船乗りたちの精神的な支えになるように建造したとされるもの。
16世紀から建造が始まり、主要部分は完成していたものの、工事が完成したのは19世紀。中庭を囲む回廊は、ポルトガル独自で海や船、サンゴなどに関する装飾を施す「マヌエル様式」によって建造されました。修道院内には、王家の霊廟の他に、ヴァスコ・ダ・ガマとポルトガル最大の詩人であるルイス・デ・カモンイスの棺も置かれています。
ベレンの塔
正式名称は「サン・ヴィセンテの塔」で、サン・ヴィセンテはリスボンの守護聖人。これはテージョ川河口に1515〜1521年に築かれた5階建ての塔です。建設を命じたのはこちらもマヌエル1世でこれもヴァスコ・ダ・ガマの偉業を称えたもの。
目的としては灯台ではありますが、要塞としての機能も持っていました。建築家フランシスコ・デ・アルダによって設計され、マヌエル様式ではあるものの、監視塔の屋根にはイスラム建築を取り入れたムデハル様式も見られます。
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
ジェロニモス修道院とベレンの塔が評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
ジェロニモス修道院とベレンの塔は、大陸間の航路を発見したポルトガル人の知識や開拓精神などが見られ、15〜16世紀の文化を現在に伝えるものであるということ。
登録基準(vi)
壮麗な建築物やその装飾などには、ポルトガルの黄金時代の異なる文化間の交流が見られ、ポルトガル人が大航海時代の先駆者であったということを示すもの。
世界遺産マニアの結論と感想
ジェロニモス修道院とベレンの塔は、その建築様式そのものが独特で美しいということもありますが、これらの建築物は大航海時代を牽引したエンリケ航海王子やヴァスコ・ダ・ガマなどを祀っていて、ポルトガルの開拓精神などが見られるという点で評価。
ちなみに、港沿いにある大航海時代を記念して建造された「発見のモニュメント」も観光スポットとして有名で、歴代の王や探検家などの彫刻が見られますが、これは世界遺産として含まれていません。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。