登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (4), (5) |
登録年 | 1995年 |
荻町集落(おぎまちしゅうらく)は「白川郷・五箇山の合掌造り集落」の構成資産の一つ。「白川郷」の合掌造りがあるのが、白川村の荻町集落。ところで、荻町集落はなぜ世界遺産なのでしょうか?意外と知ってそうで知らない!
ここでは荻町集落がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、荻町集落について詳しくなること間違いなし!
荻町集落(白川郷合掌造り集落)とは?
岐阜県北西部の白川村にある集落の一つ。かつては白川村から高山市の一部まで広い範囲を「白川郷」と呼ばれていましたが、現在は白川郷といえば白川村を指すことが多い傾向にあります。そして、荻町集落は白川村の一部で、合掌造りの家屋が多いエリアを指すもの。
集落の中心を流れる庄川の右岸に点在する59の合掌造りの家屋が世界遺産に登録されています。そのうち31棟が江戸時代に建造されたもので、富山県側の合掌造りと比べると年代の古い合掌造りの家屋が多く点在。アクセスも比較的良く、近年は観光地化されたこともあり、合掌造りというと荻町集落のイメージが強くなりました。
白川郷そのものは12世紀には存在していたことが確認ができ、江戸時代になると高山市を中心に存在していた飛騨高山藩の領地となります。しかし、17世紀後半に天領となり、明治維新まで幕府の直轄地でもありました。各家では、この地が稲作に不適な土地柄であるために、養蚕とともに火薬の原料となる硝石を作っていたということも特徴。
荻町集落の合掌造りが富山県側の家屋と違うのは、屋根がある側に入り口があるという「平入り」が多いのが特徴。集落の北部の「荻町城」は登録範囲ではないものの、戦国時代に築かれた城の跡で、ここには展望台があり、合掌造りの家々が眺められることでも有名です。
荻町集落(白川郷合掌造り集落)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
荻町集落が評価されたのが、以下の点。
登録基準(iv)
白川郷・五箇山の合掌造り集落は、環境に適応しながら暮らし続けてきたという優れた伝統的集落であるということ。
登録基準(v)
1950年以降、日本は経済発展によって人々の暮らしが変わりましたが、この地では長い伝統をそのまま続けていて、合掌造り集落は昔からの社会制度をそのまま維持してきたという証拠でもあるという点。
世界遺産マニアの結論と感想
荻町集落は山々に囲まれた地にあり、合掌造りという古くからの伝統家屋が近代まで残ったという事情もあったことから、これらは人々が環境に適応しながら暮らしてきた証拠でもあるという点で評価されています。
ちなみに、この地域は戦国時代は内ヶ島氏(うちがしまし)という鉱山経営で繁栄した大名が支配する地だったのですが、彼らの住んでいた帰雲城(きうんじょう)を含めて集落は1585年の天正地震によってすべて埋没したとされています。居城には大量の金があったという噂があるのですが、これは1970年に内ヶ島氏の末裔と名乗る人物の話であるために、埋蔵金があるかどうかは甚だ謎。しかし、少なくとも帰雲城は存在したとされていて、その位置は今でも不明なのです。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。