イタリアの世界遺産「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1),(2)
登録年1980年

ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会は、15世紀に建設されたもの。食堂の壁には1495〜1497年にかけて、ルネサンスの芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『最後の晩餐』があります。これは美術史において革命を起こした傑作。

ここでは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会について詳しくなること間違なし!

目次

レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院とは?

画像素材:shutterstock

イタリア北部の中心都市ミラノの中心部にある、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会は、15世紀にドミニコ会の修道院として建設されたもの。15世紀後半にミラノ公からの依頼でルネサンスの巨匠であるブラマンテが教会を拡大し、それまでのゴシック建築からルネサンス様式のドームや回廊、食堂が増築されました。

この教会の名を世界に轟かせているのは、なんといっても食堂の壁には1495〜1497年にかけて描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』です。しかし、食堂に描かれたものであったため、カビが発生して顔料は落ちてしまい、馬小屋として利用されたり、水没したりと環境は最悪でした。1970年代に修復が開始され、1999年には修復が終わり、現在はダ・ヴィンチが描いた時代のように美しい姿を取り戻しています。

『最後の晩餐』

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ダ・ヴィンチは、この作品を卵などを用いた顔料で描く「テンペラ」と油彩を組み合わせた、当時としては革新的な技法で描いてました。そして、逆光と遠近法を見事に利用して、人物がまるで壁画から飛び出るようにして、この名画が完成したのです。

そもそも『最後の晩餐』とは、新約聖書の名場面をテーマにしたもので、イエス・キリストが磔刑になる前日、十二使徒に「あなたの一人が私を裏切るだろう」と言った直後の瞬間を描いたもの。ダ・ヴィンチは、動揺が走った十二使徒たちのそれぞれの表情や動きを見事に表現したのです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
『最後の晩餐』は、時代や国籍を越え、普遍的価値のある芸術作品であるという点。

登録基準(ii)
『最後の晩餐』は、絵画の技法としての非常に優れたものであるのと同時に、500年以上も現存した、世界で最も模写されている作品の一つであり、美術史の新しい段階へと進化させた名画であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』が、世界遺産であるというのは、もはや誰もが異論がないところだと思いますが、評価としてはダ・ヴィンチが使用した新しい技法や遠近法と光の利用など、革新的なアイデアが詰まっているという点で、特に評価されています。

ちなみに、小説『ダ・ヴィンチ・コード』では、イエスの隣にいるのが、「イエスの愛しておられた者」ということで、通説はヨハネなのですが、これがイエスの子供を生んだという伝承もあるマグダラのマリアではないか?というネタではありました。しかし、ダ・ヴィンチの絵画のモチーフになった人物は、中性的な顔立ちも割と見られるので、『最後の晩餐』においてもこの人物はヨハネであるというのが通説ではあります。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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