長崎県の世界遺産「黒島の集落」とは?黒島天主堂を含めて世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3)
登録年2018年

黒島の集落は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産の一つ。黒島は、本土から潜伏キリシタンが多く移住した地で、表向きは仏教徒として信仰を守り続けた地。ところで、黒島の集落はなぜ世界遺産なのでしょうか?意外と知ってそうで知らない!

ここでは黒島の集落がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、黒島の集落について詳しくなること間違なし!

目次

黒島の集落とは?

黒島は佐世保市に属する島で、北松浦半島の南西に位置します。周囲は九十九島という無数の小島が並びますが、その中でも最大の面積を誇る島。戦国時代にキリスト教が伝わるものの、江戸時代になると牧場が置かれ、ここは平戸藩の領地となりました。19世紀前半になると、大村藩(現在の大村市を中心とした藩)のキリシタン達がこの地で移住し、田畑を開梱しつつ、表向きは仏教徒として信仰を続けていきました。

黒島天主堂

黒島天主堂/黒島の集落
画像素材:Torbenbrinker(Wikimedia Commons)

長崎市で「信徒告白(1865年)」があった後も、この地は引き続きキリシタンたちが暮らし続け、1897年から1902年にかけて現在の黒島天主堂を建設。ロマネスク様式の外観を持ち、内部は三廊式のバシリカとなっていて、保存状態も良好であるため、世界遺産にも登録されています。

黒島の集落はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

黒島天主堂/黒島の集落
画像素材:shutterstock

黒島の集落が評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
長崎と熊本の潜伏キリシタン関連遺産は、キリスト教が禁止された17〜19世紀までの2世紀に渡って、潜伏キリスタンによって密かに続けられたキリスト教の信仰が続けられ、独自の宗教的伝統の証拠を残すという点。

世界遺産マニアの結論と感想

黒島は、本土から訪れた潜伏キリシタンによって、表向きは仏教徒を装いつつも独自の信仰が守られていったという点で評価されています。

ちなみに黒島名前の由来は、カトリック教徒が多く住んでいたことから十字を示す「クルス島」という話もありますが、実際は鎌倉時代から「木々が黒い島」という単純な理由で付けられたという説もあります。果たして?

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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