フランスの世界遺産「ルーヴル宮殿(美術館)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (2), (4)
登録年1991年

ルーヴル宮殿(美術館)は「パリのセーヌ河岸」の構成遺産の一つ。ここはかつてフランス王室の宮殿だったということもあり、かつては王によって拡張が続けられた壮麗な宮殿でもありました。ところで、ルーヴル宮殿はなぜ世界遺産なのでしょうか?

ここではルーヴル宮殿がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ルーヴル宮殿について詳しくなること間違いなし!

目次

ルーヴル宮殿(美術館)とは?

ルーヴル宮殿(美術館)
画像素材:shutterstock

現在は美術館として利用されているルーブル宮殿は、もともとセーヌ川右岸に建造されたフランス王室の宮殿でした。13世紀に城塞として造られたものの、14世紀には王宮として改築。城塞だった時代の名残は、現在の美術館の中でも東側に位置し、最も古いシュリー翼に位置していて、地下には当時の遺構が今でも残っています。

14世紀には、要塞のイメージであったルーブルが城館(シャトー)のような外観となり、16世紀にフランソワ1世(在位:1515〜1547年)がルネサンス様式の宮殿に改装すると壮麗な建築物へと変化します。そして、ルーブル宮殿から西へ約500mの位置にはテュイルリー宮殿が建造され、ルーブル宮殿とは大展示室(グランド・ギャルリ)と呼ばれる回廊でつなぐという「大計画(グラン・デッサン)」が開始されます。

ルーヴル宮殿(美術館)
画像素材:shutterstock

17世紀にも太陽王ルイ14世(在位:1643〜1715年)の時代も、建築家ルイ・ル・ヴォーによって、ルーブル宮殿はさらに拡張していき、現在のシュリー翼も拡張されていきました。しかし、ルイ14世は1683年にパリの南西部にあるヴェルサイユ宮殿へと移ると、ここは芸術家たちのアトリエとして提供されることに。

フランス革命によって宮殿は大衆に開かれ、1793年に美術館として開館。その後は、ナポレオン1世の活躍もあり、コレクションは拡大していきました。1871年にパリ・コミューンが発生し、テュイルリー宮殿が焼失すると、1874年に宮殿本体であるシュリー翼、中庭の北側のリシュリュー翼、南側のドゥノン翼が連なるという現在の姿となります。さらに1993年になると、採光窓として中庭に逆ピラミッドも加えられました。

ルーヴル宮殿(美術館)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ルーヴル宮殿(美術館)
画像素材:shutterstock

ルーヴル宮殿が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
セーヌ川沿いには、中世から20世紀にかけて建造された建築物の傑作が並ぶという点。

登録基準(ii)
ノートルダム大聖堂など優れたゴシック建築は、ヨーロッパの都市開発に影響を与え、ジョルジュ・オスマンによる都市計画は、ラテンアメリカの都市設計にも影響を与えたということ。

登録基準(iv)
パリのセーヌ川の風景や建築物は、絵画や芸術、建築などで8世紀以上に渡ってモチーフとなったという点。

世界遺産マニアの結論と感想

現在は美術館として有名なルーブル宮殿は、フランス王室の宮殿として何度も改築が重ねられていて、その景観はセーヌ川と一体となっているという点で評価されています。

ちなみに、レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作である『モナ・リザ』は、彼のパトロンでもあったフランソワ1世によって購入されたもので、初期から置かれている大事なコレクション。美術館となった今は、さまざまなコレクションがある中、今でもルーブルで最も人気のある作品となっています。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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