チリの世界遺産「アリカ・イ・パリナコータ州のチンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製法」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3), (5)
登録年2021年

チリ北部、アリカ・イ・パリナコータ州には、紀元前7000〜1500年頃に栄えたチンチョーロ文化と呼ばれる、漁業と狩猟を中心とした文化が存在した土地。ここでは人類の歴史でもはるか昔に人工ミイラを作る技術があったことでも知られます。

ここでは、アリカ・イ・パリナコータ州のチンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製法がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、チンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製法について詳しくなること間違なし!

目次

アリカ・イ・パリナコータ州のチンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製法とは?

画像素材:Zorka Ostojic Espinoza(Wikipedia Commons)

ここはチリ北部、アリカ・イ・パリナコータ州に点在する3つの遺産で構成される遺産。登録されているのはアタカマ砂漠が広がるエリアで、チンチョーロ文化は紀元前7000年から紀元前1500年までの間、この地で漁業と狩猟を中心に暮らしていた人々の文化。この文化の特徴は世界でも最も古い「人工ミイラ」が作られていたという点。

アンデスのミイラ製法は、乾燥した土地を利用した風葬のスタイルで放置しながら自動的にミイラになっていくという方法がとられていましたが、ここは人工でミイラを作り出すというものでした。そのミイラは内蔵に詰め物をして、遺体にはカツラや仮面、粘土を塗ったりと加工するもの。

画像:Cratón(Wikipedia Commons)

そして、ここでので大人から子供までさまざまな世代のミイラも発見。おそらくは地位や身分に関係なく、すべての人々がミイラとされていたと考えられています。

ミイラは最も古いもので紀元前5000年頃のもの。ミイラ作りは、紀元前3000年頃にピークに達成したと考えられていて、紀元前2000年頃まで作られ続けたとされています。ミイラからはここに住む人々の食事の90%がシーフードであったことも判明。

アリカ・イ・パリナコータ州のチンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製法はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像:WeHaKa(Wikipedia Commons)

チンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製法が評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
発見されたのは、人類でも最初期の人工ミイラであり、その遺体や埋葬品からはチンチェーロの人々が利用した道具、貝殻や骨を利用した器具など、当時の文明の存在が分かるということ。

登録基準(v)
人工ミイラは、チンチョーロの社会における死者の役割が分かり、地位や年齢に関係なく、手厚くミイラとして埋葬されていて、彼らの死生観や美的感覚などが見られるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

人工ミイラと埋葬品の発見によって、チンチョーロ時代のこのエリアの暮らしが良く分かり、そのミイラはチンチョーロ社会においては重要な存在で、この地に複雑な社会構造が存在していたということが分かるということも評価されています。

チンチョーロのミイラは人工的なミイラとしては最も古い例で、エジプトで発見された最も初期のミイラは紀元前3000年頃であるので、それよりも約2000年は古いもの。そして、エジプトでは王族や貴族、神官、裕福な庶民が中心にミイラにされましたが、ここはなぜか誰でもミイラにされています。もしかしたら、チンチョーロ文化はかなり平等な社会だったのかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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