クロアチアの世界遺産「ドゥブロヴニク旧市街」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (3), (4)
登録年1979年

クロアチア南東部にあるドゥブロヴニクは、13世紀以降ラグーサ共和国の首都として栄え、さまざまな時代の建築様式が並び、「アドリア海の真珠」と称される町並みが残る要塞都市。ユーゴスラヴィア内戦で被害を受けるものの、すぐに復旧され、以前のような美しい景観が広がっています。

ここでは、ドゥブロヴニク旧市街がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ドゥブロヴニク旧市街について詳しくなること間違なし!

目次

ドゥブロヴニク旧市街とは?

画像素材:shutterstock

ドゥブロヴニクはクロアチア南部、ダルマチア地方と呼ばれるアドリア海の沿岸に要塞都市。ボスニア・ヘルツェゴヴィナとモンテネグロの国境近くに位置し、現在はリゾート地になっています。

世界遺産に登録されているのは、城壁に囲まれた旧市街と城壁外の一部、郊外のロクルム島。1994年には追旧市街から外に位置する、ペレ地区やロヴリイェナツ要塞、17世紀に完成したラザレット(伝染病患者の隔離施設)も追加で登録されています。

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街の起源は古く、7世紀から海上交易都市として発展。13世紀になると、共和制の自治都市へとなります。そして、14世紀には「ラグーサ共和国」として独立。ラグーサはドゥブロヴニクのイタリア語で、海洋交易で大いに栄えました。17世紀に大地震が発生するものの、一部の建設物が残り、街にはゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式など、さまざまな時代のものが見られます。しかし、地震後は徐々に衰退していき、19世紀になるとナポレオンの軍隊によって街は降伏。

その後は、イタリア、オーストリアによって支配された後、ユーゴスラヴィアに含まれるように。1991〜1992年にはクロアチアが独立宣言をするとユーゴスラヴィア軍から攻撃を受け、旧市街は破壊。内戦が終わると、すぐに復旧し、以前と同じような美しい町並みが戻りました。

登録されている主な構成遺産

城壁

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旧市街を囲む2kmの城壁。場所にもよりますが、高さは20mほど。現在見られる城壁は12〜17世紀に作られたものですが、何度も修復されています。4つの門と3つの要塞を持ち、要塞で一番高いのは15世紀に建造されたミンチェタ要塞。すべての要塞と門は城壁の上に築かれた通路で繋がっており、今でも通行可能。

大聖堂

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かつては旧市街の中心部には何度か大聖堂が建造されましたが、現在の建物は17世紀にバロック様式で建造されたもの。宝物庫には、11〜18世紀までの聖遺物などを保管しています。

総督宮殿

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14〜19世紀にかけてラグーサ共和国の総督が住んだ宮殿。14世紀に築かれたゴシック様式の建物は15世紀に崩壊し、ルネサンス様式で再建されました。しかし、17世紀に地震の後は増築され、バロック様式の要素も追加。建物内には、会議室や武器庫、刑務所などがあります。現在は歴史博物館として公開。

スポンザ宮殿

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16世紀に建造されたゴシック様式とルネサンス様式の混ざった宮殿。ここは造幣局から銀行、学校など、さまざまな役割を持ったものでした。宮殿内には古い文書が保管されており、11世紀の写本なども発見されています。

フランシスコ教会と修道院

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ドゥブロヴニクでも最古の修道院とされていますが、現在の修道院は14世紀にピレ門の近くで建造されたもの。そして、ゴシック様式やバロック様式などで、増築・修復などがされています。修道院内にある薬局は14世紀に設立。現存するヨーロッパで最も古い薬局でもあります。

聖ヴラホ教会

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ドゥブロヴニク市の守護聖人、聖ヴラホを祀った教会。18世紀建造と旧市街の建造物としては比較的新しいですが、中世に建造されたロマネスク様式の教会がベースになっています。祭壇には15世紀に建造されたとされる、銀色に輝く聖ヴラホ像が見られることで有名。

ロヴリイェナツ要塞

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旧市街の西に、11世紀に建造された要塞。現在の姿になったのは15〜16世紀で高さは37m。大砲などが配置された堅固な要塞で「ドゥブロヴニクのジブラルタル」とも呼ばれます。

ロクルム島

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旧市街から約600mほど離れた島。11世紀にベネディクト会の修道院が設立。19世紀には、ハプスブルク家のマクシミリアン大公の別荘が作られ、庭は植物園となり、さまざまな植物が植えられ、それらは現在でも見られます。現在は旧市街からもボートも出ていることから人気の観光スポットに。

ドゥブロヴニク旧市街はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

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ドゥブロヴニク旧市街が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
ドゥブロヴニク旧市街の美しい建造物は、人類の創造的資質を示す遺産であるということ。

登録基準(iii)
旧市街はかつて繁栄したラグーサ共和国の存在を示すものであるという点。

登録基準(iv)
街にはゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式など、さまざまな時代のものが見られ、主に14〜19世紀の建築物の発展が見られるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

「アドリア海の真珠」と評されるドゥブロヴニクは、14〜19世紀に繁栄したラグーサ共和国の時代に建造されたものが多く残り、各時代の建築様式などが見られるという点で評価されています。

ちなみに、ドゥブロヴニク旧市街の裏山であるスルジ山の山頂にはナポレオンから贈られたという十字架(現在のは再建されたもの)があり、シンボル的存在でもあります。現在は麓からロープウェイも設けられていて、頂上から眺める旧市街は絶景。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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