トルコの世界遺産「ギョベクリ・テペ」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (2), (4)
登録年2018年

アナトリア半島南東部で発見されたギョベクリ・テペは、紀元前9600〜8200年前の先土器新石器時代の狩猟採集民によって築かれた巨石建造物群。中央にあるT字型の柱には野生動物が刻まれており、ここは世界最古の宗教的儀式の場であったとされ、遺跡は約1万1500万年前のメソポタミア北部の人々の生活や信仰を知ることができるもの。

ここでは、ギョベクリ・テペがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ギョベクリ・テペについて詳しくなること間違なし!

目次

ギョベクリ・テペとは?

画像素材:shutterstock

ギョベクリ・テペは、現在のトルコ共和国のあるアナトリア半島の南東部にある都市シャンルウルファの郊外に位置しています。ギョベクリ・テペとは「太鼓腹の丘」という意味で、標高約769mの丘の上に築かれたもの。ここは世界でも最も古い農業共同体が見られるメソポタミア北部に位置していて、ギョベクリ・テペは世界最古の宗教儀式が行われた場所とされています。

遺跡は3層に分かれていて、最も古い段階のものは、紀元前1万年代に遡るほどに古いもの。特に直径10〜30mほどの円形の溝に掘られた建造物群は、紀元前1万年前に作られたと考えられています。その円形の溝の周りにはT字型の彫刻された柱が発見。この柱の高さは3〜5mほどの大きさ。そして、中央部には高さ5.5mの2つの柱が向かい合っています。

画像素材:shutterstock

柱の彫刻のモチーフは、オーロックス(絶滅したウシ科の動物)やイノシシ、ヒョウの大型動物から、爬虫類や昆虫などの節足動物、そして、ハゲワシなど。人の姿も描かれているものの、これは時代が下るとよく見られるように。しかし、この動物がどういう意味を持っていたかは現在不明。

まだ発掘が全体の5%も進んでいないため、詳しいことはわからないという事情もありますが、ここには家畜や畑の痕跡はなく、住宅地などは発見されていることから、この巨石建造物は何かしらの宗教儀式に使用されたものとして考えられています。

紀元前8000年頃にはここは放棄されたとされ、やがて狩猟社会から農業と牧畜が中心の社会へと変わっていったと推定されています。その後、遺跡は地中に埋まってしまい、1963年にはその遺跡の存在が確認され、1996年になってようやく発掘されます。

ギョベクリ・テペはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ギョベクリ・テペが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
ギョベクリ・テペは狩猟採集社会から農業共同体へと移行する段階を示す、先史時代の芸術作品であるということ。

登録基準(ii)
ギョベクリ・テペは、人類の記念碑的な建造物としては最初期のものの一つとされ、ここで発掘された革新的なT字型の柱と石器などは、メソポタミア北部の遺跡でも似たようなものが発見され、何かしらの繋がりがあったと考えられているという点。

登録基準(iv)
T字型の柱は、隣接する石灰岩の台地から彫られたもので、この技術は人類史における重要な段階を示すということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ギョベクリ・テペとは一体何のために建造されたのか?それは今でも結論は出ていませんが、発掘されたT字型の柱や遺物から考えると、人類の記念碑的な建造物としては最初期のものであるということで評価されています。それは他のメソポタミア文明の遺跡で発掘されたものとも共通点があることから、何かしら影響力があったと考えられるもの。

ちなみに、このT型の柱は、捕食動物が多く描かれていたことから、トーテムポールのような役割があったのでは?という意見もあったそう。そして、トーテムポールは、家系の歴史や伝承など、さまざまな表現をするために建造されたものであって、意外と目的は同じだったかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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