イランの世界遺産「ゴレスターン宮殿」とは?世界遺産マニアが解説

  • URLをコピーしました!
登録区分文化遺産
登録基準(2), (3), (4)
登録年2013年

イランの首都テヘランの中心部に残るのが、ゴレスターン宮殿。テヘランは18世紀に開かれたガージャール朝の首都であり、この地に造られた宮殿は現在のテヘランでも最も古い建設物の一つ。宮殿はペルシャ伝統の芸術品や工芸品を配しながらも西洋の建築技術が融合されたという点で評価されています。

ここでは、ゴレスターン宮殿がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ゴレスターン宮殿について詳しくなること間違なし!

目次

ゴレスターン宮殿とは?

画像素材:shutterstock

テヘランが首都となったのは、実は意外と最近で18世紀に開かれたガージャール朝から。中心部に古い建造物はあまり残っていませんが、ゴレスターン宮殿は現存する中でも古い建造物の一つ。ここはサファヴィー朝時代(1501〜1736年)の建造物をベースにガージャール朝のシャー(王)の邸宅兼政庁へと改築されました。8つの建造物と中庭で構成され、現在はそのまま美術館として開放されています。

画像素材:shutterstock

宮殿は、ペルシャの伝統的な芸術品と工芸品を使用しながらも、18世紀当時のヨーロッパの建築様式を取り入れた先鋭的な建築物でした。単純にシャーの住処というだけではなくガージャール朝時代の建築と芸術の中心地であったのです。

宮殿は第4代のナーセロッディーン・シャーの時代の宝飾品など、19世紀後半から20世紀にかけて、ヨーロッパの様式を取り入れた、イラン独自の芸術様式の基幹となりました。この宮殿こそが、現代イランの芸術の起源とも言える場所でもあります。

ゴレスターン宮殿はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ゴレスターン宮殿が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
ゴレスターン宮殿は、ペルシャの芸術と建築様式をヨーロッパのものと融合させ、それが現在のイランの芸術や建築様式の起源となっていること。

登録基準(iii)
現存する宮殿は、ガージャール朝の芸術と建築の中心地であったと証明しているという点。

登録基準(iv)
宮殿は19世紀になり、ペルシャの伝統芸術や建築様式がヨーロッパのものに影響され、発展していく過程が見られるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ゴレスターン宮殿は、それまでのペルシャの伝統的な芸術品や建築様式に西洋のスタイルが導入され、宮殿そのものがルネサンスのような文化が花開いた場所となったということが評価のポイント。そして、ここで生まれた芸術や建築のスタイルが現在のイランでも大きな影響を与えているのです。

ちなみにですが、宮殿のすぐ南にはバザールがあり、ここの雰囲気はモダンな都市であるテヘランの中でも古き良きバザールの雰囲気が感じられます。そして、商品には値札も貼ってあるというイスラム諸国のバザールの中ではホスピタリティーが高いというのポイント。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

目次
閉じる