スウェーデンの世界遺産「ドロットニングホルムの王領地(宮殿)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(4)
登録年1991年

首都ストックホルムの郊外にあるローヴェン島には、スウェーデン王室の宮殿であるドロットニングホルム宮殿があります。ここはカール10世の母后であるヘロヴィーク・エレオノーラによって17世紀に建造され、18世紀後半にドイツから嫁いできたロヴィーサ・ウルリカが改築し、現在の姿になりました。敷地には宮殿だけでなく、劇場や中国風の離宮、庭園があり、ヴェルサイユ宮殿に触発された北欧の王宮でも最も優雅な宮殿でもあります。

ここではドロットニングホルムの王領地がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ドロットニングホルム宮殿について詳しくなること間違いなし!

目次

ドロットニングホルムの王領地とは?

ドロットニングホルム宮殿
画像素材:shutterstock

首都ストックホルム西方に広がるメーラルン湖に浮かぶローヴェン島にあるドロットニングホルム宮殿は、もともとは16世紀に国王ヨハン3世(1537〜1592年)のカタジナ・ヤギェロンカのために建造した夏の離宮。1661年になると国王カール11世の母后であるヘロヴィーク・エレオノーラ(1634〜1715年)は離宮を再建し、バロック様式の宮殿と庭園へと変化しました。

18世紀後半にドイツから嫁いできた王妃ロヴィーサ・ウルリカ(1720〜1782年)が宮殿を改築し、啓蒙主義者であった彼女は劇場や中国風の東屋を建造。そして、彼女の息子で国王となったグスタフ3世(1746〜1792年)はこの地を愛し、内部はロココ風の装飾を加え、イギリス式の庭園へと改築しました。彼が好んだ建築様式は、ロココ様式と古典様式を融合させたスウェーデン独自の「グスタヴィアン様式」と呼ばれています。

ドロットニングホルム宮殿
画像素材:shutterstock

宮殿は17世紀のイタリアとフランスの建築物を参考にして建造されたもので、内部に残るインテリアはスウェーデンの建築家によって各時代の装飾が加えられています。他にも中国風の離宮が残り、これは18世紀におけるヨーロッパとアジアの融合を示すもの。庭園はフランス式の庭園とロココ式の庭園、イギリス式の風景式庭園が並んでいています。

敷地内に残る「ドロットニングホルム宮廷劇場場」は1776年に建造された唯一現存するもので、舞台装置は現在も利用できるほどに保存状態は良好。ここは最大で400人の観客が収容でき、現在でもオペラが上演されています。

グスタフ3世以降の王族はここを拠点にしませんでしたが、現国王のカール16世グスタフが1982年に再び住居としています。

ドロットニングホルムの王領地はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ドロットニングホルム宮殿
画像素材:shutterstock

ドロットニングホルム宮殿が評価されたのが、以下の点。

登録基準(iv)
ドロットニングホルムの王領地は、西欧や北欧における王宮の中でもスウェーデンで18世紀に建造された王宮の優れた例であり、ヴェルサイユ宮殿に影響を受けたヨーロッパの建築物の代表的なものであるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ドロットニングホルムは宮殿だけでなく、離宮や庭園、劇場などで構成され、これはヴェルサイユで影響を受け、ヨーロッパで建造された王宮の中でも代表格であるという点で評価されています。

ちなみに、ロヴィーサ・ウルリカは当時のプロイセン王フリードリヒ大王の妹であることから、啓蒙主義に没頭したという経緯もあります。当時のスウェーデン国内では貴族や官僚などが政治を牛耳っていたため、クーデーターを企てて失脚するというほどにエネルギッシュな人物だったのですが、野心家過ぎて最終的には親子関係にもヒビが入ってしまいました。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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