韓国の世界遺産「慶州歴史地域」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(3)
登録年2000年

韓国の南東部にある慶州(キョンジュ)は、紀元前1世紀〜紀元10世紀まで栄えた王朝・新羅の首都、金城(クムソン)があった場所。ここは王宮があったことから古墳が多く並び、寺院や仏塔など、韓国の仏教美術が多く見られます。

ここでは慶州歴史地域がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、慶州歴史地域について詳しくなること間違なし!

目次

慶州歴史地域とは?

画像素材:shutterstock

新羅は、朝鮮半島に紀元前1世紀〜10世紀に栄えた王朝で、韓国南東部にある慶州(キョンジュ)市は、かつての首都・金城(クムソン)があった場所。新羅は7〜10世紀にかけて朝鮮半島を統一した時期もあり、ここは王宮があったことから古墳が多く並び、他には寺院や仏塔など、韓国の仏教美術が多く見られる地でもあります。

現在の慶州市には、新羅が統治していた時代の遺構や遺跡などが点在し、5つの地区に分けられています。

南山(ナムサン)地区

北方に位置するエリアで、ここは仏教が伝来する前から聖地として崇められていた場所。100を超える寺院跡が発掘され、石仏や石塔など、仏教の聖地でもありました。

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月城(ウォルソン)地区

市内南部にあるエリアで、かつての新羅の王宮があった場所です。高さ9.17mの瞻星台(チョムソンデ地域)という「東洋最古の天文台」とされている天文台があるものの、建造年と建造者は全くの不明。ここには雁鴨池(アナプチ)といった人工池も残っています。

山城(サンソン)地区

首都防衛の拠点であり、「明活山城」と呼ばれる要塞が築かれた場所。

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皇龍寺(ファンニョンサ)地区

市内から西方に位置し、新羅最大の寺院である皇龍寺があった場所。その敷地は7万平方mの敷地があり、7世紀に建造されたという9階建ての塔があったとされています。現在も塔が立っていますが、これは再建されたもの。

大陵苑(テヌンウォン)地区

市内南西に位置する古墳が並ぶエリアで、40万平方mの敷地に23基の古墳が残っています。ほとんどが円形のものですが、中には半月型や前方後円墳に近い古墳も存在。そして、ここからは副葬品が多く発掘されてました。

慶州歴史地域はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

慶州歴史地域が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
慶州歴史地域は、仏教施設を含む建築物の発展が見られる遺跡が並んでいるということ。

登録基準(iii)
新羅は朝鮮半島を長く統治していたため、慶州と周辺の遺跡には、彼らの文化の発展の歴史が見られるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

新羅は、朝鮮半島を統一するほどに広大な王朝になったこともあり、仏教を受け入れ、その文化が花開くだけでなく、新羅の繁栄を示す建造物の遺構も見られるという点で評価。

実は新羅で仏教が公認されるのは6世紀であって、それまでは北峰の遊牧民族の影響も強かったとされ、シルクロードを通じてガラスの器なども作られていた様子。そして、海を通じて日本の勾玉も持ち込まれていて、ここには前方後円墳などもあることから、日本の文化も少なからず影響を与えていると考えられています。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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