イラクの世界遺産「ハトラ」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産 危機遺産2015年〜
登録基準(2), (3), (4), (6)
登録年1985年

イラン北部に位置する円形の都市遺跡。ここはアルサケス朝パルティア(紀元前247年頃〜224年)時代の軍事都市だった場所で、二重の城壁で囲まれており、中心部にはヘレニズムやローマなどから影響を受けた神殿が今でも現存しています。2015年にISIL(イスラム国)が占居したため、それ以降は危機遺産に。

ここではハトラがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ハトラについて詳しくなること間違いなし!

目次

ハトラとは?

ハトラ
画像素材:shutterstock

イラク共和国北部のニーナワー県の砂漠地帯に位置する都市遺跡。ここは現在のイラクからパキスタンまで広がる帝国を築いたパルティアによって、紀元前1世紀ころに建造された軍事都市でした。この地はローマ帝国とパルティアを結ぶ交易路にあり、2世紀に繁栄するものの、ローマから何度も侵攻がありましたが、163もの防衛塔を備えた城壁によってその攻撃から耐えたというほどに堅固なもの。

都市は直径2kmもの二重構造の城壁に囲まれていて、さらに内側にも2mの高さの壁が建造されました。街の中心部には、神殿地域(テメノス)があり、ここには2つの大きなイーワーン(トンネル型のアーチ)を持つ宮殿やメソポタミア地方で侵攻された太陽神シャマシュを祀るシャマシュ神殿と、ギリシャ風の神殿などが並んでいます。これらはヘレニズム(オリエントとギリシャの融合したもの)とローマ、アジアなど、各地方の影響が見られ、パルティアの繁栄を示すというのが特徴。

しかし、3世紀にはイランを中心に勃興したサーサーン朝ペルシャによって征服・破壊され、ここは4世紀には廃墟となっていたとされます。

危機遺産(危機にさらされている世界遺産)

2015年にイスラム過激派であるISILによってこの遺跡が占拠され、やがて破壊。2017年にこの地は奪還されたものの、現在に至るまで危機遺産リストからは解除されていません。

ハトラはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ハトラ
画像素材:shutterstock

ハトラが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
登録基準(iii)
登録基準(iv)
登録基準(vi)

ハトラは、パルティアの影響下にあった巨大な要塞都市であり、ここは塔を持つ高い城壁があったことから、2世紀から何度も続いたローマ帝国の侵略にも耐えたというほど。ヘレニズムとローマ建築の影響を受け、オリエントの装飾様式が融合した神殿は、パルティアという国家の繁栄を示すものであるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ハトラは、現在は中心部以外はほとんど遺構となってしまっていますが、ここはかつては2重の城壁で囲まれた要塞都市であり、ローマの攻撃にも耐え、神殿はヘレニズムとローマ、アジア各地の建築様式が融合したものが見られるという点で評価されています。

ちなみに、Google検索では「ハトラ」というとイラクの遺跡のほうではなく、長見佳祐氏によるファッションブランドが日本だと有名なのでそちらが表示されることも多く、Googleさんも困っている様子。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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