バーレーンの世界遺産「バーレーン要塞-ディルムンの古代の港と首都」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (3), (4)
登録年2005年

バーレーン島北部にあるバーレーン要塞は、紀元前24世紀〜16世紀に建造されたディムルン文明の中心地だった場所。ディムルンはエジプト文明にも劣らない高度な文明だったとされるにもかかわらず、ここはまだ約25%しか発掘されていません。バーレーン要塞は、ディムルン時代からさまざまな建造物が積み重なった集落(テル)であり、多様な文化が見られるのが特徴です。

ここではバーレーン要塞-ディルムンの古代の港と首都がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、バーレーン要塞について詳しくなること間違いなし!

目次

バーレーン要塞-ディルムンの古代の港と首都とは?

バーレーン要塞-ディルムンの古代の港と首都
画像素材:shutterstock

バーレーン要塞は、首都マナーマから西へ約8kmに位置する北海岸に位置する遺跡。ここは紀元前24世紀から現在に至るまで、さまざまな建造物が積み重なったというバーレーンで最大の集落(テル)でもあります。

ディムルン(紀元前26〜8世紀)メソポタミア文明とインダス文明の間に位置に存在していた交易国家とされますが、まだまだ謎の多い文明。ここはディムルンの首都であり、商業活動を行っていた港とも考えられています。その後、ササン朝ペルシャ(224〜651年)からイスラム時代に建造物が築かれ、そして、現在は16世紀のポルトガル統治時代に建造された要塞が上層に残っています。

ここはまだ約25%しか発掘されておらず、それでも宮殿や軍事施設、邸宅の遺構などが発掘。古くから港湾都市として栄えたため、多様な文化が見られるというのが特徴です。

バーレーン要塞-ディルムンの古代の港と首都はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

バーレーン要塞-ディルムンの古代の港と首都
画像素材:shutterstock

バーレーン要塞が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
集落(テル)の遺跡には、さまざま民族が集まる港湾都市の跡であり、さまざまな地域の人々や伝統がここで交差し、発展したことが分かるという点。

登録基準(iii)
古代文明の一つ、ディムルンの文明の首都であったと考えられ、ここはその文化の痕跡をよく残す場所であるということ。

登録基準(iv)
ディムルンの宮殿はこの地域の建築に影響を与えた公共建築でもあり、紀元前3世紀〜紀元16世紀までの防御建築の最良の例でもあるという点。そして、周囲に広がるヤシ林は、紀元前3世紀以降のこのエリアの典型的な景観や農業を示しているということ。

世界遺産マニアの結論と感想

バーレーンの要塞は、現在はポルトガルの要塞時代のものを見られますが、かつては謎多きディムルン文明の首都であった港湾都市跡でもあり、ここはその時代の基盤に何層もの都市が積み重なった場所、そこからはさまざまな人や文化が交差した名残が見られるという点で評価されています。

実はこの遺産、2005年に、「バーレーン要塞の考古遺跡(Qal’at al-Bahrain Archaeological Sit)」として要録されたのですが、2006年に現在の名称に変更となりました。確かに、ここは要塞であるのだけど…「謎の文明」であるディムルンの首都と港であったほうが貴重な感じがしますよね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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