登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (3), (4) |
登録年 | 2000年 |
オマーン南西部のドファール地方は、世界でも最大の乳香(にゅうこう、フランキンセンス)の産地であった場所で、古代から中世まで何世紀にも渡って乳香交易で繁栄しました。この地では、交易都市シスルのウバール考古遺跡、ホール・ルーリのサンフラム考古遺跡、サラーラのアル=バリードの考古遺跡、乳香の木々が今でも生い茂るワジ・ダウカ乳香公園の4つの構成資産は最盛期の姿を現在まで残すもの。
ここでは乳香の土地がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、乳香の土地について詳しくなること間違いなし!
乳香の土地とは?
オマーン南西部のドファール特別行政区内には、古代から何世紀にも渡って乳香の産地でもありました。新石器時代以降、紀元前1000年ころから乳香交易で繁栄し、当時の乳香は金と同じ価値を持つもので、世界遺産に登録されている4つの構成資産は、アラビア半島南部の優れた文明の足跡を示すもの。
渓谷沿いでは乳香の原料となるカンラン科の樹木が存在し、その付近には古くから都市や港が存在し、要塞化されていました。ここは乳香の交易とそれにまつわる中世の要塞が並ぶ、文化的景観が広がっています。
シスルのウバール考古遺跡
砂漠地帯にあるオアシス都市跡。ここは農業が行われたた跡が残り、海岸沿いの港から内陸ルートで乳香が運ばれていて、紀元前2世紀に繁栄したものの、3世紀には衰退しました。
ホール・ルーリのサンフラム考古遺跡
紀元前4世紀から5世紀に存在した港湾都市の遺跡。ここには要塞跡が残っていて、3つの連続する門が存在する巨大な構造物でした。港は1世紀に再建されていて、当時の碑文などではそのことが証明されています。ここは乳香交易の中継地として利用されていました。
サラーラのアル=バリードの考古遺跡
紀元前8世紀にも遡るインド洋に面した港町跡。海のシルクロードとして活躍した重要な港で、要塞で囲まれていたものの、13世紀には部分的に破壊されてしまいますが、15世紀後半までポルトガルなどのヨーロッパと取引していたとされるもの。ここはモスクの遺構なども発掘されています。
ワジ・ダウカ乳香公園
ワジとは「涸れ川」という意味。低地には乳香の原料となるカンラン科の樹木が生い茂っていて、現在でも収穫されています。
乳香の土地はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
乳香の土地が評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
乳香は古代でも最も重要な贅沢品の一つで、これらの考古学遺跡はその乳香の生産と流通で繁栄したということを示すものであるという点。
登録基準(iv)
シスルとホール・ルーリ、サラーラの都市遺跡は、乳香交易の中継地で、ペルシャ湾エリアにおける中世の要塞化された都市の顕著な例であるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
古代世界における高級品である乳香の産地であるだけあって、その交易で栄えたシスルとホール・ルーリ、サラーラの都市遺跡が残り、これらは中世における要塞都市の典型的なもので、その繁栄が見られるという点で評価されています。
ちなみに、現在もオマーンは乳香の産地ではあるものの、樹木は栽培して増やすことが困難で、虫の被害や乱獲、農地への転換など、さまざまな事情で急速に減少していて、持続不可能な産業となっています。現在においても乳香は貴重な品なのです。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。