登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (1), (2), (3), (4), (6) |
登録年 | 1980年(1990年拡大) |
カラカラ浴場は「ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」の構成資産の一つ。ここは暴君とされるカラカラ帝によって築かれた数少ない大型施設で、浴場を中心とした娯楽施設でもありました。ところで、カラカラ浴場はなぜ世界遺産なのでしょうか?
ここではカラカラ浴場がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、カラカラ浴場について詳しくなること間違いなし!
カラカラ浴場とは?
古代ローマの市街地の中でも南側に位置するローマ浴場。ローマ市民は浴場に通うのが習慣で、ここは市民のため、216年にカラカラ帝(188〜217年)によって築かれました。面積は1万平方mもの敷地があり、市内でも2番目の大きさを誇る浴場だったのです。しかし、6世紀になると使用されなくなり、廃墟となりました。
浴場には2000〜3000もの浴槽があり、ハイポコーストというセントラルヒーティングシステムが見られるもの。ここには「フリギダリウム(冷室)」と「テピダリウム(微温浴室)」、「カルダリウム(高温浴室)」の跡も見られ、さらにはジムのような設備もあり、まさに健康センターといったところ。そして、浴場とはいうものの、図書館などがある娯楽施設だったと考えられています。
カラカラ浴場はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
カラカラ浴場が評価されたのが、以下の点。
登録基準(i)
ローマは、古代から現在まで3000年にも及ぶ歴史を持つ芸術的な建築物であるということ。
登録基準(ii)
古代ローマからルネサンス、バロック、新古典主義まで、ローマ発祥の芸術は世界中の都市計画や建築物、芸術の発展に大きな影響を与えてきたということ。
登録基準(iii)
ローマの遺跡は保存状態がよく、現在も当時の芸術と建築技術の高さがよく見られるという点。
登録基準(iv)
ローマは中心部の都市開発は、3000年近くも途切れることなく続いており、古い町並みと現代建築が調和できるようになっているということ。
登録基準(vi)
キリスト教が伝来してから2000年以上の間、ローマはキリスト教世界の中心都市であり、ヨーロッパの文化の基盤であるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
カラカラ欲場は、古代ローマの健康センターのような施設であり、当時の建築技術の高さが見られ、現在も街に調和するように残されているという点で評価されています。
ちなみに、ローマでも最も大きな駅である「ローマ・テルミニ駅」は「テルメ(温泉)」から由来していて、近くには4世紀に建造されたディオクレティアヌス浴場があったことから名付けされました。それくらい古代ローマ人にとって、浴場というのは身近なものだったのです。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。