熊野古道と聞くと、まさに熊野にありそうなイメージではありますが…そもそも「熊野」とはどのあたりを示すか、意外と知ってそうで知らないですよね?
今回は熊野古道が何県にあるのかを世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、熊野古道の位置について具体的に理解できること間違いなし!
「熊野」とはそもそもどこを示す?

「熊野」という地名は非常に古く、8世紀に成立した『古事記』によると、神武天皇が大熊と出会ったため、熊野という地名となったとされるほど。大化の改新後、7世紀に成立した紀伊国(現在の和歌山県と三重県南部)に併合され、西は和歌山県の田辺市、東は三重県の大紀町までがその範囲とされています。ここは古くから日本における霊場や信仰の中心地として栄え、熊野は自然崇拝や神仏習合の信仰が色濃く残る土地。京都からわざわざ天皇が訪れるほどでした。
熊野と呼ばれるエリアは現在の和歌山県南部が圧倒的に広く、三重県南部や奈良県南部の一部も熊野に含まれているために「熊野」と呼ばれると、どこを具体的に示すかがややこしくなっているのです。
和歌山県の熊野古道



熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)が県内にあることから熊野古道の中心地であり、伊勢路、小辺路、中辺路、大辺路の4つをすべて網羅しています。西の田辺市から高野山だけでなく、東の三重県の伊勢神宮まで抜けるルートが続くのが特徴。
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三重県の熊野古道



三重県南部は、熊野の東端であるエリアですが、1954年に熊野市(旧南牟婁郡)が成立したことから少し勘違いしやすいものの、ここはあくまでも「熊野」の一部。伊勢神宮のある伊勢から熊野へ続く「伊勢路」が含まれていて、ルートの途中にある国の名勝「鬼ヶ城」と「獅子岩」も合わせて登録。
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奈良県の熊野古道



奈良県南部は山深い土地ですが、一部だけ熊野古道が通っています。ここは和歌山県の高野山から熊野本宮大社を結ぶ「小辺路」で、熊野古道の中でも道が険しいことでも知られ、現在の奈良県にある野迫川村・十津川村もこのルートに含まれています。
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世界遺産マニアの結論と感想
熊野古道はもとから各地から熊野三山を結ぶ道なので、現在はほとんどが和歌山県を占めているため、熊野古道がどこにあるか?という問いには「和歌山県がほとんど」というのが正解でしょう。とはいえ、三重県の伊勢路も広い範囲で登録されていて、奈良県南部も一部重なってることから、複雑にしているのも事実ですね。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。