登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (2), (3), (5), (6) |
登録年 | 2012年 |
バリ島には、バリ・ヒンドゥーの哲学であるトリ・ヒタ・カラナに基づいた、伝統的な水利組合である「スバック」があります。そのスバックは地域ごとに水の神を祀った寺院を築くようになり、独自の灌漑設備を利用した棚田が並ぶという景観を作り上げ、そのシステム全体が世界遺産となっているのです。
ここでは、バリ州の文化的景観 : トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システムがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、スバックについて詳しくなること間違いなし!
バリ州の文化的景観 : トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システムとは?
まず、この2つを説明しないと、この遺産が理解できないと思うので、説明すると…
トリ・ヒタ・カラナ
サンスクリット語で「トリ」は「3」、「ヒタ」は「安全、繁栄、喜び」、「カラナ」は「理由」を示していて、これらはバリのヒンドゥー教の哲学です。つまり、神と人、自然の調和をもたらすという宇宙観を示していて、それはバリに住む人々の生活・労働に結びつくもの。
スバック
伝統的な水利組合を「スバック」と呼びます。各地域ごとに共同体があり、寺院に集められた水を分け合うというというのが目的で、水そのものが崇拝されてきたのです。
これらは9世紀から続けられてきたシステムで現在は1000を超えるスバックが存在。400人程度の農民たちが一つの水源から給水しています。スバックは水を分け合うだけではなく、水の神への崇拝や宗教儀礼などに結びつくというもの。
なぜスバックはつくられたのか?
バリ島という険しい火山と熱帯雨林による肥沃な土地は、主食である米の栽培に最適でした。このスバックというシステムがあることで、運河や泉から山間部と平地に水を引くことができるようになり、1000年に渡って豊かな棚田の水路を管理できるようになったのです。
登録されている主な構成資産
バトゥール湖
バリ島北東部にある約16平方kmもある半月型の湖。ここには川や泉を生み出した女神が住む場所として考えられていて、神聖視されてきました。
ペクリサン川流域とバトゥカル山のスバック景観
ペクリサン川には、9世紀に建造された水の寺院と最古の灌漑システムを含む景観。バトゥカル山は島の中央部に位置する広大なエリアで、バリでも有名な米処。特にジャティルイ村の棚田は有名な景観で、今でも古来から続くシステムで米が栽培されています。
ウルン・ダヌ・バトゥール寺院
バトゥール湖から西へ約10kmの距離にある寺院。バトゥール湖の女神を祀る寺院ではあったのですが、元の寺院は17世紀から存在していたものの、1917年のバトゥール山の噴火により破壊。その後、現在の位置に寺院は移転し、建物は1926年に再建されたものです。
タマン・アユン寺院
島の中央部にある王家の寺院で、バリ島でも最大規模を誇るもの。18世紀初頭に建造され、ここはバリ島の建築様式だけではなく、ジャワ島や中国の建築様式の影響も受けています。メルタワー(ヒンドゥー教の聖山・須弥山を表したもの)が多く並ぶというのが特徴。
バリ州の文化的景観 : トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システムはどんな理由で世界遺産に登録されているの?
スバックが評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
スバックというシステムがあったことから、水の寺院や儀式、棚田など、現在のバリの風景を作り上げたということ。
登録基準(v)
スバックシステムの恩恵によって、水の神殿を中心に棚田を管理することができ、1000年にわたって景観を築いてきたという点。
登録基準(vi)
バリ独自のトリ・ヒタ・カラナの概念によって、神と人間、自然を結びつけるスバックシステムが生まれたという点。
世界遺産マニアの結論と感想
大変分かりづらいですが、バリ独自のトリ・ヒタ・カラナの概念とその概念を実現したスバックシステムが、水の神殿や棚田、宗教儀礼などを生み出していて、それが「文化的景観」となり、現在でも持続可能な社会へと結びついているという点で評価されています。
なぜイスラム国家であるインドネシアに、バリ島だけヒンドゥー教文化が存在しているかというと、もともとはジャワ島にヒンドゥー教の国家があり、それが滅ぼされて王族がここに逃れたというのもありますが、オランダ植民地時代に文化保護政策をとったため、現在でも島ではバリ独自の宗教文化が残されたというのが背景です。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。