奈良県の世界遺産「元興寺」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(3),(4),(6)
登録年1998年

元興寺は「古都奈良の文化財」の構成遺産の一つ。実は日本最古の寺院・法興寺にルーツのあるお寺。どんな理由で元興寺は世界遺産に登録されているのでしょうか?意外と知ってそうで知らない!

ここでは元興寺がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、元興寺について詳しくなること間違いなし!

目次

元興寺とは?

元興寺
画像素材:shutterstock

創建は6世紀と、蘇我馬子が蘇我氏の氏寺として飛鳥京(現在の奈良県高市郡明日香村)に建立した「飛鳥寺(法興寺)」が前身。奈良時代に遷都した際に平城京(奈良市)と移転し、法興寺と名前を分けるために「元興寺」と称するようになりました。やがて奈良時代後期には、朝廷の保護を受けた「南都七大寺」の一つとして繁栄し、東大寺と興福寺と並ぶほどの規模を持つ大伽藍がありました。

しかし、10〜11世紀以降は、徐々に衰退していき、当時の建造物はすべて消失。現在の元興寺は1950年以降に荒れ地になった寺院跡を改修したもので、国宝の極楽坊本堂は飛鳥〜奈良時代の古い瓦を再利用しています。とはいえ、現存する本堂と禅室は、奈良時代の僧房を鎌倉時代に改築したものがルーツで、当時のものではありません。

元興寺はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

元興寺
画像素材:shutterstock

元興寺が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
古都奈良の文化財は、中国や朝鮮半島との文化的な繋がりが見られ、深い影響を与えられつつ、日本の建築と芸術が当時としては高い水準に達していたということを示すという点。

登録基準(iii)
現在残る建築物や遺構からは平城京が首都であった時代に日本独自の文化が開花したということを証明しているということ。

登録基準(iv)
平城京跡と奈良に残る建造物は、アジアの最初期における国家の首都の都市計画と建造物の優れた例であるという点。

登録基準(vi)
奈良の仏教寺院と神社は、山や森を神格化するという日本独自の神道思想などが見られ、これは今でも日本人精神に残っていて、宗教的な文化を継承し続けているということ。

世界遺産マニアの結論と感想

元興寺は、日本初の本格的な仏教寺院である飛鳥寺にルーツを持つ寺院で、ここは日本における仏教の故郷のような存在。現在は再建され、残るのは当時の遺構だけではありますが、平城京が首都であった時代の都市計画などから高度な建築技術が見られるという点で評価されています。

ちなみに、明日香村の飛鳥寺に残る釈迦如来像(飛鳥大仏)には、609年に造られた大仏で、通説では日本最古の大仏とされています。しかし、ほとんどが鎌倉時代に再建されたもので、2015〜2016年の調査によると、面部や頭部の一部以外は飛鳥時代のものとは確定できておらず、まだまだ調査が必要なようです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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