登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (2), (4) |
登録年 | 1987年 |
ゲッレールト温泉は「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」の構成資産の一つ。ここは20世紀に築かれた比較的新しい温泉施設で、アール・ヌーヴォー様式の壮麗な浴場となっています。ところで、ゲッレールト温泉はなぜ世界遺産なのでしょうか?
ここではゲッレールト温泉がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ゲッレールト温泉について詳しくなること間違いなし!
ゲッレールト温泉とは?
ゲッレールトの丘はブダ城の南に位置する標高235mの丘で、ツィタデッラと呼ばれる城塞が残っています。丘の麓にある「ゲッレールト温泉」は、市内に100以上はあるというブダペストの温泉施設の中でも有名なもの。ここは中世から温泉施設があり、病院まで存在していました。現在のゲッレールト温泉は、1912年から1918年にかけてウィーン分離派のアール・ヌーヴォー様式で建設されたもの。
温泉はゲッレールトの丘から湧き出たものを利用していて、2つの温泉浴場があり、サウナとスイミングプールなど、人気が高いだけあって設備も充実。現在はホテル・ゲッレールトの施設の一つとなっています。
ゲッレールト温泉はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
ゲッレールト温泉が評価されたのが、以下の点。
登録基準(ii)
ブダ城は、14世紀にはハンガリーでゴシック芸術が発展するきっかけになった建築物。アンドラーシ通りにある地下鉄は、ヨーロッパ大陸初の地下鉄を導入した例となり、ここから各地に広まっていったという点。
登録基準(iv)
ブダ城は破壊によって何度も再建され、各時代の建築様式が分かるという点。そして、国会議事堂はさまざまな様式を取り入れた優れた建築物であり、アンドラーシ通りはネオ・ルネサンス様式の建物が並び、地下鉄は当時の最先端設備を導入した例であるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
ゲッレールト温泉は、近代にオープンした温泉施設ではあるものの、ハンガリーに残るウィーン分離派のアール・ヌーヴォーの建築物として建築の発展が見られるという点で評価されています。
ちなみに、ゲッレールトの丘の近くには、オスマン帝国の支配時代に築かれたルダッシュ温泉があり、これはトルコ式のハマムではあったものの、現在も運営されています。このようにブダペストは公衆浴場が発展したオスマン帝国の影響もあって、温泉施設がどんどん建造されていったという経緯も。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。