ハンガリーの世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(4)
登録年1987年

ハンガリーの首都ブダペストは、ブダとペストの2つの街が重なりあって形成された都市で、ゴシック様式のブダ城など、さまざまな時代の建築に影響を与えてきました。その美しい町並みは、「ドナウの真珠」や「東欧のパリ」と讃えられるほど。

ここでは、ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通りがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ブダペストについて詳しくなること間違なし!

目次

ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通りとは?

画像素材:shutterstock

首都ブダペストはローマ帝国の時代から人々が集落を作るというほどに歴史の深い都市。ドナウ川一帯は旧石器時代から人々が住み始め、現在の街の北部にはローマ帝国時代の都市遺跡・アクインクムが残っています。ブダペストはもともとドナウ川を挟んで2つの街で構成されていて、西岸のブダは丘陵地帯、東岸のペストは平地という別々の特徴を持つ街でした。

ブダは9世紀に現在のハンガリーの祖先であるマジャル人によって作られた街で、13世紀にはブダの丘の上には城が築かれました。その後、城は改築を重ね、15世紀にはハンガリー王国最盛期を築いたマーチャーシュ1世によりルネサンス様式にされるものの、16世紀にオスマン帝国により破壊。現在のブダ城は19世紀にネオ・バロック様式で再建されたものがベースとなっています。

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19世紀になるとブダとペストは、セーチェニくさり橋の完成により、1873年に合併し、ブダペストに。ペスト側は新市街となり、国会議事堂や官庁が築かれました。その頃から計画的な都市設計が行われるようになり、中心部から郊外へと延びるアンドラーシ通りが完成し、1896年にはヨーロッパ大陸初の地下鉄がアンドラーシ通りの下に開通。こちらの地下鉄は現役で利用されています。

登録されている主な構成遺産

ブダ城

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13世紀のハンガリー王ベーラ4世がブダの丘の上に建造。15世紀になると、マーチャーシュ1世がイタリアから彫刻家を呼び、ルネサンス様式に大幅に改築。しかし、16世紀になるとオスマン帝国によって征服され、城は火薬庫となり、爆発事故が発生し、ほぼ廃墟となります。

現在見られる建物は17世紀に再建されますが、19世紀に再度破壊され、ネオ・バロック様式で再建されたもの。今は美術館や博物館、図書館として利用されています。

マーチャーシュ聖堂

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13世紀にベーラ4世が建造した聖堂をマーチャーシュ1世が改築して、現在のようなゴシック様式の聖堂になりました。マーチャーシュ1世の紋章であるワタリガラスで飾った尖塔がシンボル。ハンガリー王の戴冠式もここで行われました。

漁夫の砦

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マーチャーシュ聖堂の北東に位置する砦。1895〜1902年に建造されたものですが、「漁夫」という名前の由来はさまざま。ちなみに、砦ではあるものの、防衛機能はほとんどないというのが特徴。

ゲッレールトの丘

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ブダ城の南に位置する標高235mの丘で、ツィタデッラと呼ばれる城塞が残っています。これは19世紀に建造されたもの。ツィタデッラからは新市街やドナウ川一帯を眺めることが可能。丘の麓にある「ゲッレールト温泉」も有名で、アール・ヌーヴォー様式で作られた温泉施設も世界遺産に津録。

セーチェーニ鎖橋

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ブダ地区とペスト地区を結ぶ375mの橋。1849年に完成したもので、ブダペスト最古の橋となっています。名前の由来は、鉄鋼のチェーンを橋塔から吊り下げているという点。第二次世界大戦中に破壊されるも、1949年に再建。下流にあるエルジェーベト橋は1903年に建造されたものですが、これも破壊され、1964年に再建。

国会議事堂

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1885年にハンガリー王国はオーストリアと国家連合を形成したものの、国の自治のシンボルとして国会議事堂を着工。1904年に完成した国会議事堂は、691の部屋を持つハンガリー国内で最も大きな建造物となりました。内部も豪華で全部で242体の彫刻が刻まれています。独立後もハンガリーの立法府として活躍。

アンドラーシ通り

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1872〜1885年にかけて建設された約2kmの道路で、ドナウ川の河岸から市民公園の入口の英雄広場まで結ぶもの。フランスのシャンゼリゼ通りをモデルにしたもので、通り沿いにはネオ・ルネサンス様式の国立オペラ座、音楽家のリストやコダーイが住んでいた家を改装した記念館などが並びます。

通りの地下にはヨーロッパ大陸初の地下鉄も走っており、今でも現役。英雄広場は、ハンガリー建国一千年を記念して記念碑が作られ、周囲には西洋美術館と現代美術館が置かれています。

ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通りはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

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ブダペストが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
ブダ城は、14世紀にはハンガリーでゴシック芸術が発展するきっかけになった建築物。アンドラーシ通りにある地下鉄は、ヨーロッパ大陸初の地下鉄を導入した例となり、ここから各地に広まっていったという点。

登録基準(iv)
ブダ城は破壊によって何度も再建され、各時代の建築様式が分かるという点。そして、国会議事堂はさまざまな様式を取り入れた優れた建築物であり、アンドラーシ通りはネオ・ルネサンス様式の建物が並び、地下鉄は当時の最先端設備を導入した例であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ブダペストは、旧市街から新市街まで優れた建設物が残り、ここで導入された建築様式や地下鉄などはヨーロッパ各地に影響力を与えたということが評価のポイント。

ちなみにですが、ブダペスト市内にはローマ時代の遺構やネオ・ルネサンス様式の美しい建築物である聖イシュトヴァーン大聖堂など、まだまだ世界遺産らしい物件はあるのですが、登録エリア外なので、世界遺産として含まれることは滅多にありません。ここで紹介している物件も「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」というエリアに限っていますのであしからず。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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