登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (3), (5) |
登録年 | 2021年 |
キウス周堤墓群は「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産の一つ。ここはドーナッツ状の周堤の中に墓が築かれたという珍しい縄文時代後期の墳墓群。ところで、キウス周堤墓群はなぜ世界遺産なのでしょうか?意外と知ってそうで知らない!
ここではキウス周堤墓群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、キウス周堤墓群について詳しくなること間違いなし!
キウス周堤墓群とは?
北海道千歳市にある縄文時代後期の約3200年前に築かれた8つの墳墓群(跡地を含めると合計で9つ)。ここはサケやマスが捕獲できる河川の近くにあるという場所で、墓の周りには堤防で囲まれていて、これが「周堤墓」の名の由来になっています。ここは1901年にアイヌの墳墓である「チャシ」として報告されたものの、後にチャシよりも古い縄文時代晩期の遺構であるということが分かりました。
それぞれの墓はドーナツ状の周堤に土を彫り、その土を周囲に盛り、中央に複数の墓を築いたもの。これらは共同墓地であり、墓標と思われる立石が埋まっていたことから独特の構造を持っています。ここは墓の跡だけでなく、建築物の跡も見られ、土器や木製品も発掘。
キウス周堤墓群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
キウス周堤墓群が評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
北海道・北東北の縄文遺跡群では、土器や土偶などの遺物、墳墓、土塁、ストーンサークルなどが発掘され、これらは世界的に珍しい定住型狩猟社会の文化を示すものであるということ。
登録基準(v)
北海道・北東北の縄文遺跡群は定住地の出現から成熟期までの土地利用が見られ、縄文時代の人々は、食料が採れる川の近くや干潟、森など、農耕社会のように定住地を大きく変えることなく、自然と適応しながら狩猟採集生活を維持してきたということを示しているという点。
世界遺産マニアの結論と感想
キウス周堤墓群は、縄文時代晩期の周堤墓群で、その独自の建築様式は、定住型狩猟社会の文化の中でもユニークなものであるという点で評価されています。
ちなみに、チャシはアイヌ人による墳墓でありますが、アイヌにとって重要な存在であるものの、文献などが残っていないため、実は北海道では500箇所以上もチャシがあるにもかかわらず、あまり分かっていないのが現状。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。