登録区分 | 文化遺産 |
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登録基準 | (2), (3), (4), (5) |
登録年 | 1987年 |
メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂は「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ」の構成資産の一つ。メキシコシティでも中心部に位置する大聖堂は、アメリカでも最大規模の大聖堂で、美しい祭壇や礼拝堂があることで知られます。ところで、メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂はなぜ世界遺産なのでしょうか?
ここではメキシコシティ・メトロポリタン大聖堂がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂について詳しくなること間違なし!
メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂とは?
メキシコシティの中心部であるソカロの北側に位置し、幅59m、長さ128m、高さ67mとアメリカ大陸最大規模の大聖堂。別名「聖母の被昇天メトロポリタン大聖堂」とも呼ばれます。1573年に着工し、完成したのは19世紀となったため、ルネサンスやバロック、新古典主義様式など、さまざまな建築様式が織り混ざっているのが特徴。
大聖堂は2つの鐘楼、中央ドーム、聖具室、16の礼拝堂と、隣接する洗礼堂で構成される広大な建造物。もともと館内には主祭壇があったのですが、1940年に失われ、現在は5つの祭壇があります。その中でも中央身廊の手間にある「許しの祭壇」と、奥に位置する「王たちの祭壇」で有名。特に王の祭壇は18世紀に建造されたもので、金で装飾されていることから「黄金の洞窟」と呼ばれるほどに豪華絢爛です。
メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂が評価されたのが、以下の点。
登録基準(ii)
14〜19世紀にかけて、この地はテノチティトランからメキシコシティへと変わり、アステカ帝国の建築技術などが植民地時代の建設物にも影響を与えているという点。
登録基準(iii)
地下に埋没していたテンプロ・マヨールは、この地でかつて繁栄したアステカ文明の存在を示すということ。
登録基準(iv)
広場を中心として碁盤の目のように通路が配されるという都市設計は、植民都市を代表するモデルであるという点。
登録基準(v)
ソチミルコの農業風景は、スペインによる征服前のメキシコ高原の暮らしを彷彿とさせるというものであるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂は、アステカ帝国時代の神殿を破壊して建造され、植民都市の中心部に築かれた建築物の中でも傑作であるという点で評価されています。
ちなみに、大聖堂の下の土壌は非常に柔らかく、一時は地盤地下の可能性もあり、「世界で最も危険な場所100」のリストに入れられていましたが、現在は修復されているので安心してください。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。