登録区分 | 複合遺産 |
登録基準 | (3), (5), (9), (10) |
登録年 | 2016年 |
ウルクは「イラク南部の湿原地域(アフワール) : 生物多様性の保護地とメソポタミア都市群の残存する景観」の構成遺産の一つ。ここは世界でも最古の都市の一つで、古代の英雄・ギルガメシュが支配したという伝説があることでも有名。ところで、ウルクはなぜ世界遺産なのでしょうか?
ここではウルクがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ウルクについて詳しくなること間違いなし!
ウルクの遺跡はどこにある?伝説の王・ギルガメッシュとは?
紀元前5000年には人が居住していたとされ、遺跡はウバイド文化(紀元前6500年頃〜3500年頃)に属する、世界でも最古の都市の一つ。ここは歴史上でも文字記録が行われた最初期のエリアの一つであり、何層にも渡って遺跡が積み重なっているのが特徴。紀元前27世紀には伝説の王であるギルガメシュが支配したとされ、当時は世界最大の都市とされるも紀元前2000年ころには地方都市となりました。そして、ユーフテラス川が南西へと移動すると、徐々に歴史から姿を消していき、サーサーン朝時代(226〜651年)以降は放棄されたと考えられています。
遺跡はこの地域でも最大級で、3つの遺丘で構成され、南北3km、東西2.5kmの範囲に及んでいます。エアンナ地区からは紀元前4000〜紀元前2000年の遺構が発掘。ここは金星をや豊穣のシンボルである女神イナンナの神殿跡であると考えられていて、建築史上初の記念碑的建造物でもありました。
ウルク(遺跡)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
ウルクが評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
ウルク、ウル、エリドゥの遺跡は、ウバイド文化とシュメール、バビロニア、ヘレニズムの時代までのメソポタミア南部の都市と社会の成長・衰退を示すもので、これらの都市には神殿や宮殿などの記念碑的な建造物、階級社会が見られるもの、広大な住宅地跡など、宗教と政治、経済、文化の中心地となり、人類の歴史において大きな変化をもたらしたという点。
登録基準(v)
ウルク、ウル、エリドゥの遺跡は、現在は乾燥地帯であるものの、もともとは淡水の湿地の近くに水路や運河跡、かつての集落跡など、ティグリス川の不安定なデルタ地形の景観を示すもので、この地は建築や考古学遺跡、楔形文字のテキストなどが発展し、メソポタミア南部の文化・宗教・文学・芸術に貢献していたということ。
世界遺産マニアの結論と感想
ウルクは、世界でも最古の都市の一つであり、これらの遺構はウバイド文化からヘレニズム時代まで、政治や経済の中心地であることを示し、世界でも最初期の文字なども発見され、このエリアの文化の中心地でもあったという点で評価されています。
ちなみに、イラク(イラーク)は、ウルクから派生したという説もあり、まさに文明のルーツ…と思いきや、アラビア語のアラカ(汗をかくという意味)や中世ペルシャ語のエラーク(「低地」という意味)に由来したという説もあり、あくまでもルーツの一つ。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。