登録区分 | 自然遺産 危機遺産1992年〜 |
登録基準 | (7), (9), (10) |
登録年 | 1991年 |
ニジェールの中央部にあるアイル山地とテネレ砂漠という2つの地形を合わせて約7万7000平方kmもの広大なエリアが世界遺産に登録。ここは厳しい砂漠気候が続きますが、多様な動植物が見られ、砂漠に生息する希少なウシ科のアダックスやダマガゼルの保護区でもあります。しかし、現地に住むトゥアレグ族に狩猟や伐採を禁じ、内戦が勃発したために危機遺産にも登録。
ここではアイル・テネレ自然保護区がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、アイル・テネレ自然保護区について詳しくなること間違いなし!
アイル・テネレ自然保護区とは?
サハラ砂漠の南部にあたるアイル・テネレ自然保護区は、標高2000m近くあるアイル山地からテネレ砂漠まで広大なエリアが登録されています。
アイル山
サハラ砂漠の南方に位置する標高2022mもの山地であり、ここは年間平均75〜160mmと降水量が少ないものの、湧き水も多く、周辺の砂漠に比べて多様な動植物が見られるという点が特徴。
ここには40種の哺乳類が見られ、165種の鳥類、18種の爬虫類、1種の両生類が生息。アヌビスヒヒやパタスモンキーなど、このエリア特有の亜種が見られます。砂漠に生息する希少なウシ科の動物も暮らし、絶滅危惧種のアダックスやダマガゼルの保護区。
テネレ砂漠
テネレとは「何もない場所」という意味で、砂漠を意味する言葉。自然保護区の5分の3を占めるほど、不毛な大地が広がっています。
現在では人口は少ないのですが、アイル山では紀元前5500〜2000年頃に描かれたとされる岩絵が残り、ここにはゾウやキリン、羊の先祖であるムフロンなどが見られ、かつては「緑のサハラ」と呼ばれるほどに緑豊かな土地でもありました。
危機遺産
1991年にこの地が保護区となると、この地に住む遊牧民であるベルベル系のトゥアレグ族は狩猟や伐採が禁止されてしまい、内戦へと発展。1992年には危機遺産に登録されるという事態に。内戦は終息はしたものの、抵抗運動や紛争が続き、現在も解除されていません。
アイル・テネレ自然保護区はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
アイル・テネレ自然保護区が評価されたのが、以下の点。
登録基準(vii)
アイル山はサハラ砂漠南部のサヘル地帯(半乾燥地帯)であり、山と平原が組み合わさり、多くの生態系が残る地。テネレの砂丘は、砂の移動によって景観が変化。これらの地域は青く美しい山々が並んでいるという点。
登録基準(ix)
アイル・テネレ自然保護区は、人口が少なく、サハラ砂漠やサヘル地帯から逃れてきた多くの野生種が暮らし、ここには砂丘や砂利の砂漠、峡谷、高原、水場など、それらの動物たちが生息できる環境が含まれているということ。
登録基準(x)
アイル・テネレ自然保護区には、絶滅危惧種のリムガゼルやアダックスなどを保護し、フェネックやチーターなど、肉食動物も多く見られ、40種の哺乳類が暮らし、165種の鳥類、18種の爬虫類、1種の両生類が生息。草原ではアカシア属やバラニテス属など、高地ではキビ属などが見られ、渓谷にはナツメヤシなど、植物相も豊富であるという点。
世界遺産マニアの結論と感想
アイル・テネレ自然保護区は、人が住むことが厳しい砂漠環境ではあるものの、砂漠やサヘル地帯から多くの野生種が暮らし、ここには動植物の多様性が見られ、絶滅危惧種の有蹄動物も見られるという点で評価されています。
ちなみに、テネレ砂漠は木が一本も生えていないのですが、1973年までは「テネレの木」というアカシアが1本だけ生えていました。地球で最も孤立した場所に立つ木として有名でしたが、リビア人ドライバーの飲酒運転によって倒されてしまいます。その後は、木が再び生えることはなく、今ではその場所に金属製のモニュメントが配置。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。