ガーナの世界遺産「アシャンティの伝統的建築物群」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(5)
登録年1980年

ガーナ中央部の都市クマシの近郊にある村々には、金と奴隷貿易で栄えたアシャンティ王国の伝統的な建築物が残っています。村にはアシャンティ族の最高神ニャメ神を祀る神殿が存在していましたが、ほとんどが20世紀以降に復元されたもの。

ここではアシャンティの伝統的建築物群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、アシャンティの伝統的建築物群について詳しくなること間違なし!

目次

アシャンティの伝統的建築物群とは?

画像素材:shutterstock

ガーナ第2の都市クマシはかつて内陸部に存在していたアシャンティ王国(1670〜1902年)の首都であった場所。アシャンティ王国は金と奴隷貿易で栄えましたが、英国との戦争に敗北し、イギリス領ゴールドコーストとして植民地になります。

クマシの周囲に位置する13の村に残る伝統的建築物が世界遺産に登録されていて、ここには10もの神殿が存在。建造物は中庭を囲むように設計されています。ここはレンガや木材、竹、漆喰などで造られていて、現在はトタン屋根ではありますが、もともとは草葺き屋根で建造。壁に飾られたレリーフはうずまきや動物、鳥、植物などがモチーフになっていて、これらはアシャンティ族の思想や信仰を示すシンボル的な存在でもあります。

神殿にはアシャンティ族の最高神であるニャメ神を祀るものであり、美しい装飾が施されていました。しかし、19世紀から20世紀初頭までアシャンティ族は英国と戦争を続け、これらは霊廟も含めてほとんどが破壊されてしまいます。現在見られる建造物のほとんどが20世紀以降に復元されたもの。

アシャンティの伝統的建築物群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

アシャンティの伝統的建築物群が評価されたのが、以下の点。

登録基準(v)
アシャンティの伝統的建築物群は、アシャンティ王国の独自の建築様式を残し、壁のレリーフには象徴的な意味が込められたモチーフが見られるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

これらの建造物はほとんどが再建されたものですが、アシャンティ王国時代の建築様式が見られ、壁のレリーフにはアシャンティ族独自の信仰心や思想などを示すものであるという点で評価されています。

ちなみに、アシャンティ王国が滅びたのは、「黄金の床几(しょうぎ)という王家の玉座を巡って英国との間に戦争が発生したため。これを英国側の総督が要求したことから大戦争となり、最終的にはアシャンティ側が敗北しました。しかし、国は滅んでしまいますが、床几は残され、彼らのシンボルは大事にされたのです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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