中国の世界遺産「北京と瀋陽の明・清王朝皇宮」とは?紫禁城と故宮博物院のこと?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (2), (3), (4)
登録年1987年

中国の首都・北京に残る紫禁城(現・故宮博物院)と、東北地方の最大都市・瀋陽にある瀋陽故宮は、明と清の歴代皇帝の宮殿であり、紫禁城は世界最大の宮殿でした。ここは歴代皇帝の中国支配の歴史と、清朝時代の満州や遊牧民族の文化の伝統を見られる場所として貴重なもの。

ここでは、北京と瀋陽の明・清王朝皇宮がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、明・清の王朝皇宮について詳しくなること間違なし!

目次

北京と瀋陽の明・清王朝皇宮とは?現在の紫禁城と故宮博物院のこと?

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この遺産は、中国の首都・北京の紫禁城(現・故宮博物院)と、東北地方の瀋陽市にある瀋陽故宮が登録されています。ここは、15世紀から20世紀にかけて、明と清の2つの中国王朝の皇宮として使用された場所。北京の紫禁城は、1421年に明の永楽帝が現在の南京から都を移すと、皇宮として使用され、その後、14人の明の皇帝と10人の清の皇帝がここで即位したのです。

1987年に紫禁城は世界遺産に登録されますが、2004年には清王朝の前身である後金のヌルハチが1625年に建造した瀋陽故宮も追加で登録されています。

登録されている構成遺産

紫禁城(現・故宮博物院)

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北京の中心部に位置する紫禁城は、72平方kmの面積を誇る世界最大の木造建築物。現在は「故宮博物院」として博物館となっています。「故宮」とは、古い宮殿という意味で、これは後年にこのように呼ばれたもの。もともとは紫禁城と呼ばれていました。

ここは、1406年に明の永楽帝が元時代の宮殿を改築し、1421年に現在の南京から都を移すと、皇宮として使用。その後は、明代から次代の王朝である清朝が滅亡するまでここが皇宮となりました。しかし、17世紀には大幅に破壊され、現在の建築物は、17〜18世紀の清王朝によって建造されたもの。

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清は、中国東北部のに居住していたツングース系の民族である女真族による王朝であったのですが、彼らは漢民族の伝統技法「前朝後寝」のスタイルで宮殿を再建しました。宮殿の構造は、皇帝のプライベートな宮殿である北部の内廷と、公務を行う南部の外朝に分かれています。

建造物は大理石の上に築かれていて、屋根には皇帝のみが使用を許された黄色の瑠璃瓦が施されています。そして、赤色の柱や壁は当時の王朝の栄華を現在に残すもの。現在は故宮博物院として、中国の国宝級の展示物が多く並ぶ観光地でもあります。

外朝

前三殿という紫禁城の中心的建築物で構成されています。それぞれに役割がありました。

・太和殿

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外朝の三大殿の正殿で、高さ35m以上で東西約64m、南北37mの巨大な建築物。ここは中国最大の木造建造物でもあります。1420年に創建されたものですが、現在の建物は1695年に再建されたもの。内部には金箔が貼られた玉座があり、ここでは皇帝の即位式や儀式などが行われました。

・中和殿

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大和殿の裏側にある正方形の宮殿。ここは大和殿で行われる儀礼などの準備をするために建造されたもの。

・保和殿

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中和殿の裏側にあり、皇帝が更衣をする際に使用されたもの。宴会の会場だったり、科挙の最終試験である殿試が行われた場所でもあります。

内廷

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乾清宮・交泰殿・坤寧宮という後三宮が中心の皇帝の居住空間でした。かつての歴代皇帝の寝宮であった乾清宮は、清代になると政務が行われるように。交泰殿は、皇后の儀式が行われた場所でした。坤寧宮は、明時代は正宮であった場所で、清の時代になると彼らのルーツである満洲人のシャーマンによる儀式が行われた場所でもあります。他にも婚礼の義もここで行われました。

瀋陽故宮

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中国の東北部・遼寧省の瀋陽市に残る離宮。清の前身である後金時代の皇宮だった場所で、太祖であるヌルハチと次代のホンタイジが主に建造したもの。1626に建造され、1636年に完成。敷地は6万平方kmと、北京に比べるとかなり小規模。清が成立すると、ここは離宮として使用されました。

遊牧民族のテントであるゲルを真似た八角形の建造物など、女真族の宮殿らしいユニークなものが点在します。現在は博物館として使用されていて、清朝次代の貴重なコレクションが展示。

北京と瀋陽の明・清王朝皇宮はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

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明・清の王朝皇宮が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
紫禁城は、中国の宮殿建築の最高傑作であるということ。

登録基準(ii)
瀋陽故宮は、17〜18世紀の遊牧民の伝統と中国の宮殿建築の融合が見られるという点。

登録基準(iii)
紫禁城は、中国の歴史の証人でもあり、中国の建築技術や芸術の知識がすべて詰め込んだものである一方、女真族のシャーマニズムの伝統も残しているということ。

登録基準(iv)
紫禁城は、中国全土を支配したというスケールの大きさを感じさせる建築物である一方、女真族の伝統も見られるもので、17〜18世紀における中国の建築の発展が見られるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

紫禁城は、東アジアの頂点であったといっても過言でもないほどの大帝国を築いた明と清の皇宮だっただけあって、規模はもちろん、中国の建築技術や芸術などがすべて集約された場所でもあったという点が評価。その中にも、清は遊牧民であった女真族の国であったために、瀋陽故宮だけではなく、紫禁城にも彼らの文化と漢民族の文化との融合が見られるというのもポイント。

ちなみに、天安門広場で有名な天安門は、かつて紫禁城の周りに造られた城壁の南側にあった門で、城は二重もの城壁で囲まれていたのです。しかし、現在の天安門は1970年に再建されたもの。1949年にここで毛沢東によって中華人民共和国の建国宣言が行われたので、現在でも天安門が中国のシンボルになっているのです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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