エルサレムの世界遺産「エルサレムの旧市街とその城壁群」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産(危機遺産1982年~)
登録基準(2), (3), (6)
登録年1981年
※ヨルダンによる申請

エルサレムは長い歴史を持ち、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地です。旧市街はムハンマドが昇天したとされる「岩のドーム」、かつての神殿の丘の西側にあった「嘆きの壁」、イエス・キリストが磔刑となった場所に建つ「聖墳墓教会」など、それぞれの宗教を象徴する建造物が多く並んでいます。

ここでは、エルサレムの旧市街とその城壁群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、エルサレムについて詳しくなること間違いなし!

目次

エルサレムの旧市街とその城壁群とは?

ダマスカス門/エルサレムの旧市街とその城壁群
画像素材:shutterstock

エルサレムとは、パレスチナにある小高い丘の上に築かれた都市。街は西側がユダヤ人が住む地区で、東側はアラブ人が住む地区に分かれています。その間にある旧市街は、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の聖地であり、世界中から多くの巡礼者が集まる場所。

まず、イスラエルはエルサレムを「首都」として主張していますが、国際連合では認められておらず、さらに東エルサレムは実質はイスラエルによって占領されているため、世界遺産としてのエルサレムはどこにも所属しておらず、世界遺産の申請もヨルダンによって申請ということになっています。つまり、エルサレムの「遺産保有国」が存在していないというのも特徴。

ダヴィデの塔/エルサレムの旧市街とその城壁群
画像素材:shutterstock

街は紀元前11世紀にダヴィデ王によって古代イスラエル王国の首都とされました。そして、彼の息子であるソロモン王は神殿の丘を築き、エレサレムはユダヤ人の中心地になります。紀元前1世紀にローマ帝国に支配されると、1世紀にはローマ軍によって神殿が破壊され、ユダヤ人は世界各地に離散(ディアスポラ)することになりました。

イエス・キリストが磔刑された場所は、キリスト教の聖地となり、4世紀には聖墳墓教会が建造。7世紀には神殿の丘は、ムハンマドが昇天した場所として岩のドームが建造されました。その後、街はイスラム勢力に支配されるようになり、11〜12世紀は十字軍により一時的にキリスト教勢力が聖地を奪うものの、12世紀後半になると再びイスラム勢力の支配下に。

岩のドーム/エルサレムの旧市街とその城壁群
画像素材:shutterstock

その後は、イスラム教徒によって支配され続けますが、19世紀後半になるとユダヤ人の移住が増え、1947年にはイスラエルが建国。第一次中東戦争が発生すると、街は西半分がイスラエル、東半分がヨルダンが統治することになりました。しかし、1967年の第三次中東戦争後は、東エルサレムはイスラエルが実効支配しており、旧市街も同様です。

危機遺産(危機にさらされている世界遺産)

旧市街は、パレスチナとイスラエルの紛争が絶えない上に、都市開発も進み、維持管理費も不足しているため、1982年に危機遺産に登録。危機遺産としては最も長い間、登録されている物件でもあります。

登録されている主な構成遺産

嘆きの壁

嘆きの壁/エルサレムの旧市街とその城壁群
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かつて神殿の丘に立っていたエルサレム神殿の西側の壁。現在の壁は1世紀に建造されたもので、ユダヤ教徒にとって神聖な場所であったのですが、紀元前4世紀ころまでユダヤ人のエルサレムに入ることが禁止されていました。しかし、その後は、ここだけ立ち入ることが許されため、人々はここで祈りを捧げるようになったのです。

聖墳墓教会

聖墳墓教会/エルサレムの旧市街とその城壁群
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かつてイエス・キリストが十字架の刑に処されたゴルゴダの丘があったとされる場所。4世紀にローマ皇帝のコンスタンティヌス1世によって特定され、教会が建造されます。その後、何度も再建・増築されていったもので、現在はカトリック、東方正教会、アルメニア使徒教会など、さまざまな教派によって共同管理。

ヴィア・ドロローサ(十字架への道)

ヴィア・ドロローサ(十字架への道)/エルサレムの旧市街とその城壁群
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イエスが十字架を背負ってゴルゴダの丘までの行った道のりのこと。旧市街の東に位置するライオン門から聖墳墓教会まで、各所に聖書のエピソードを表した建造物が残っています。

実際、帝政ローマの時代の道は残っていませんが、14世紀ころからキリスト教徒がこの道を歩くという伝統が始まったとされ、現在まで引き継がれています。

岩のドーム

岩のドーム/エルサレムの旧市街とその城壁群
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かつてはエルサレム神殿があった場所で、預言者ムハンマドが昇天したとされる場所でもあり、現在はメッカやメディナに次ぐ、イスラム教徒第3の聖地となっています。

そして、7世紀には、昇天したとされる聖なる岩を囲むようにドームが建造されました。建造物は11世紀には再建され、大理石と瑠璃色のタイルに装飾された外観は、16世紀にオスマン帝国時代に加えられたもの。

アル=アクサー・モスク

アル=アクサー・モスク/エルサレムの旧市街とその城壁群
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「遠隔のモスク」という意味で岩のドームの南の南側に建造されたモスク。8世紀のウマイヤ朝時代に建造されたものの、何度か修復や再建されています。

聖ヤコブ主教座聖堂

聖ヤコブ主教座聖堂/エルサレムの旧市街とその城壁群
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旧市街の南西部にあるアルメニア人地区にある聖堂。12世紀に建造され、現在はアルメニア使徒教会エルサレム総主教庁が置かれています。

城壁

ダマスカス門/エルサレムの旧市街とその城壁群
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現在の城壁は、オスマン帝国のスレイマン1世の時代、16世紀前半に建造。現在は7つの門が残っており、東側のライオン門は、1517年にマムルーク朝に勝利したことを記念して建造したもの。北側にあるダマスカス門は、1537年に建造された美しい装飾のある門で、現在でも当時の雰囲気を残しています。

エルサレムの旧市街とその城壁群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

エルサレムの旧市街とその城壁群
画像素材:shutterstock

エルサレムが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
エルサレムは、古来から支配者が変わり、さまざまな文化が交流した地であるという点。

登録基準(iii)
エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地であり、それぞれの宗教に関連する建造物が残るということ。

登録基準(vi)
三大宗教関連以外にも、世界史における重要な出来事が多く発生した都市であるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

エルサレムは、現在でも所属が明確になっていない唯一の世界遺産ではありますが、それもエルサレムが古来から支配者が変わり、今でも各宗教の中心地であるということが、この都市の価値であるということでもあります。そして、古代イスラエルの成立やイエス・キリストの磔刑、十字軍など、世界史でも有名な出来事が発生したという点でも評価。

ちなみに、旧市街には人も多く住んでいるのですが、街そのものが博物館のよう。賑やかなバザールはもちろん、ホテルやレストラン、ショップが点在…迷路のようになっているので、地図があまり役に立たないということも。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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