カナダの世界遺産「ランス・オ・メドー国定史跡」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(6)
登録年1978年

カナダ東部、ニューファンドランド島。そこに残る遺跡ランス・オ・メドーは、なんとコロンブスの到達よりも4世紀ほど前、11世紀にバイキングがこの地を訪れていたという証拠を残しています。ここは北アメリカで最初にヨーロッパ人が住んだ場所。遺跡からは木造の建築物跡が発見され、アイスランドとグリーンランドで発見されたものとの関連性が見られます。

ここでは、ランス・オ・メドー国定史跡がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ランス・オ・メドーについて詳しくなること間違なし!

目次

ランス・オ・メドー国定史跡とは?

画像素材:shutterstock

ランス・オ・メドーは、「草原の入り江」を意味し、ニューファンドランド島の先端にある遺跡です。ここは1492年にコロンブスが北米に上陸する以前、11世紀にバイキングが集落を築いた場所。木骨造りの家々は、アイスランドとグリーンランドで発見されたものと似たような構造で、彼らがはるばる北欧からこの地にやってきたということを物語っています。

この入植地は、1960年に発見されました。8つの建物から構成され、3つの住宅や製材所などが発掘。特に製材所では製鉄を行っており、船の修理などを行っていたことから、さらに南へと航海していた可能性もあります。

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実際に、10世紀のアイスランドに住んでいたノルマン人、レイフ・エリクソンがグリーンランドを通り、ブドウの国(ヴィンランド)を発見したというサガ(散文作品、実際の話をベースにした物語のようなものが多い)があります。そのヴィンランドこそが、ランス・オ・メドーではないか?と考えられています。

しかし、サガにおけるヴィンランドとは違い、現在のニューファンドランド島にはブドウなどは栽培できる環境ではありません。これは、レイフが探検していた時期の地球は気候が温暖であって、このあたりも豊かな大地であったという説も考えられています。

どちらにせよ、ここはノース人の入植地であったということは間違いはありません。しかし、せっかく築いた入植地は、2〜3年で放棄されてしまいました。これは先住民との関係が悪化したというのが原因であるというのが主な説です。

ランス・オ・メドー国定史跡はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ランス・オ・メドーが評価されたのが、以下の点。

登録基準(vi)
ランス・オ・メドーは、バイキングによって設立された、アメリカ大陸唯一の入植地であり、南北アメリカ大陸において初のヨーロッパ人の入植地であったという点。

世界遺産マニアの結論と感想

この遺跡の発見により、コロンブスよりもずっと前に新大陸に渡ったのがバイキングであったということが証明されました。当時のバイキングは思いもしなかったとは思いますが、この入植地の設立こそがアメリカ大陸の移民史を変えた出来事ではあったのです。

ちなみに『ヴィンランド・サガ』という有名なバイキング漫画がありますが、そのテーマであるヴィンランドというのが、このニューファンドランド島のこと。ある意味、このランス・オ・メドーこそが、バイキングたちの最終目的地、つまり「理想郷」だったのかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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