中国の世界遺産「歴史的共同租界、鼓浪嶼(コロンス島)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (4)
登録年2017年

中国の南東部にある鼓浪嶼は、港町・厦門(アモイ)に面した小さな島。1843年に厦門が開港すると、1903年に共同租界(外国人居留地)が建造されました。ここは伝統的な厦門周辺の建築様式と西洋の建築様式が融合したアモイ・デコ様式という独自の建築物が並びます。

ここでは歴史的共同租界、鼓浪嶼(コロンス島)がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、鼓浪嶼(コロンス島)について詳しくなること間違なし!

目次

歴史的共同租界、鼓浪嶼(コロンス島)とは?

画像素材:shutterstock

鼓浪嶼は、福建省南部にある厦門に面した海峡沿いにある小さな島。アヘン戦争後、1843年に厦門が商業港として開港すると、1903年に共同租界(外国人居留地)がこの島に設立されました。ここは中国の玄関口として、さまざまな国や地域の人々との交流地でもあります。島内には931もの建造物が並び、今でも当時の姿を現在に残しています。

島内には旧日本大使館を含め各国の領事館などに使用された洋館も残っていて、他の中国の町並みとは少し異なります。ここは厦門周辺に住む中国人、海外から帰国した中国人、そして、外国人居住者が交流したため、文化的融合が生まれました。それは伝統的な厦門周辺の建築様式と、アール・デコやアール・ヌーヴォーなどの当時のヨーロッパの最先端の建築様式が融合したアモイ・デコ様式という独自の建築物を生み出しました。

歴史的共同租界、鼓浪嶼(コロンス島)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

鼓浪嶼(コロンス島)が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
鼓浪嶼の建築物は、外国人居住者や海外から帰国した中国人によって、中国、東南アジア、ヨーロッパの建築・文化の交流が見られ、ここで生まれたアモイ・デコ様式は東南アジアなど幅広い地域に影響を与えているという点。

登録基準(iv)
鼓浪嶼は、アモイ・デコ様式の起源であり、これは福建省南部の建築様式とヨーロッパの建築様式などを合わせたもので、東南アジア全体で参考にされるほどに人気であったということ。

世界遺産マニアの結論と感想

鼓浪嶼は、共同租界であった島だけに、中国人と外国人との交流が生まれました。その文化の融合が島の建造物に反映され、アモイ・デコ様式となり、東南アジアを中心に広まっていったという点で評価されています。

島の最高峰は、日光岩という標高92.6mの岩山というほどに平坦な島。ちなみに、ここは17世紀に清に対して抵抗運動を続けた鄭成功が要塞を立てた場所。彼は台湾や中国では英雄的存在なのですが、実は日本人とのハーフであるものの、あまり日本人には知名度のない人物ですね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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