ブルガリアの世界遺産「マダラの騎士像」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (3)
登録年1979年

ブルガリア北東部のマダラ高原にある巨大な騎士のレリーフは、8〜9世紀に建造された第1次ブルガリア帝国時代(681〜1018年)のもの。これはブルガリア帝国のハーン(君主)であり、英雄であるテルヴェルがモチーフにされているという説が有力。レリーフは高さ23mの位置に掘られたもので、ライオンに勝利する騎士の姿が描かれています。

ここではマダラの騎士像がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、マダラの騎士像について詳しくなること間違いなし!

目次

マダラの騎士像とは?

画像素材:shutterstock

ブルガリア北東部の大都市シュメンから東へ約20km。マダラ高原には高さ100mある断崖に刻まれた騎馬のレリーフがあることで有名。これは高さ23mの位置に縦2.5m、横2mにも渡って削られた巨大な騎士の像で、犬を従えた騎馬が馬にライオンを踏みつけているというデザイン。

レリーフは8〜9世紀に建造されたもので、テーマとなった人物は第1次ブルガリア帝国時代のハーンであるテルヴェル(675〜721年)とされています。彼は帝国の建国者アスパルフの息子であり、2代目の王。東ローマ帝国のユスティニアヌス2世を助け、カエサル(皇帝)の称号を得て、イスラム勢力を撃退したとされる英雄です。

どういった経緯でこのレリーフが掘られたかは定かではありませんが、中央の人物が槍でライオンを付き指している様子から「戦勝」をテーマにしているとされ、他にもキリスト教の伝説的な英雄・聖ゲオルグ(ジョージ)であるという説もあるほど。

騎士の周囲には3つのギリシャ語の碑文があり、最古のものはテルヴェルの時代のもので、他の2つは8〜9世紀のハーンであったクルムやオムルタグに関わる碑文です。これらは第1次ブルガリア帝国初期の資料として貴重なもの。

マダラの騎士像はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

マダラの騎士像が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
マダラの騎士像は、8世紀に遡るもので、他のヨーロッパでは他に類をみないレリーフとして優れた芸術作品であるということ。

登録基準(iii)
マダラの騎士像は、第1次ブルガリア帝国の優れた彫刻作品というだけでなく、ハーンを含めた帝国初期の歴史資料ともなっているという点。

世界遺産マニアの結論と感想

マダラの騎士像は、その規模と美しさを含め、ヨーロッパでは他では見られないタイプのレリーフでありますが、これは彫刻作品としての価値だけでなく、周囲の碑文は歴史的資料として価値もあるという点で評価されています。

ちなみに、なぜこれが聖ゲオルグに見えるかというと、聖ゲオルグは竜退治をしたというエピソードで有名で、彼は毒を持つ邪悪な竜を槍を刺して倒したという伝説があることからイメージを得たのかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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