| 登録区分 | 文化遺産 |
|---|---|
| 登録基準 | (2),(3) |
| 登録年 | 2026年 |
中尾山古墳(なかおやまこふん)は「飛鳥・藤原の宮都」の構成遺産の一つ。八角墳であることから天皇陵である考えられていて、内部の石室では当時の技術力が垣間見えるという点で貴重なもの。ところで、中尾山古墳はなぜ世界遺産なのでしょうか?
ここでは中尾山古墳がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、中尾山古墳について詳しくなること間違なし!
中尾山古墳とは?

奈良県明日香村にある古墳。丘の上にあり、対辺長約19.5m、高さ4mといった三段構造の八角墳であり、比較的小さな古墳です。とはいえ、八角墳は天皇陵であることが多く、ここは江戸時代には文武天皇(683〜707年)の陵であるという報告もあったほど。
内部は横口式石槨(よこぐちしきせっかく)となっていて、石槨は丁寧に磨かれていて、中央部には火葬した蔵骨器を安置する台があったとされています。しかし、鎌倉時代には既に盗掘にあっていて、骨壷だけでなく、副葬品なども見つかっていません。昔から調査がされていますが、1974年の調査で八角墳ということも分かり、文武天皇の陵の可能性が高まっているものの、宮内庁としては、1881年から近くにある栗原塚穴古墳が文武天皇陵に治定されていて、今でもそれは変わっていません。
中尾山古墳はどんな理由で世界遺産に登録されているの?



飛鳥・藤原の宮都が評価されたのは?以下の点。
登録基準(ii)
これらは中国大陸や朝鮮半島との交流と仏教伝来を示し、後代にも大きな文化的影響を与えたということ。
登録基準(iii)中央集権体制を基盤とした東アジアの古代宮都の形成過程を、飛鳥宮、藤原宮等の立地・レイアウト・関係性・構成の変遷から示す重要な物証であるという点。
世界遺産マニアの結論と感想
中尾山古墳の被葬者は特定されていませんが、横口式石槨の保存状態も良好で、古墳時代でも晩期の古墳の様子が見られるという点で貴重なもの。
ちなみに、中世では盗掘に遭ったためか、江戸時代初期には文武天皇陵を近くの高松塚古墳や天武天皇・持統天皇合葬陵である野口王墓古墳とする説もあり、当時からはっきりしないところ。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。








