モロッコの世界遺産「マラケシュの旧市街」とは?ジャマ・エル・フナ広場も含めて世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準 (1), (2), (4), (5)
登録年1985年

モロッコ中南部にあるマラケシュは、11世紀にムラービト朝によって建造された都市。ここは何世紀にも渡って経済と文化の中心として栄え、クトゥビーヤ・モスクの美しいミナレットなどが今でも残ります。赤レンガの建築物が点在する旧市街は「南方の真珠」と称されるほど。

ここでは、マラケシュの旧市街がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、マラケシュについて詳しくなること間違いなし!

目次

マラケシュの旧市街とは?世界史としても重要な都市

ムラービト朝の首都であったマラケシュはどこにある?

マラケシュの旧市街
画像素材:shutterstock

マラケシュは、モロッコ中央部にあるアトラス山脈の麓に築かれた都市。ここは11〜12世紀に栄えたムラービト朝の君主ユースフ・ブン・ターシュフィーンが1071〜1072年に渡って都市を築き、首都としました。ムラービト朝はスペイン南部から西サハラまで支配した広大な帝国で、マラケシュは経済と文化の中心地でした。

1147年にムラービト朝を滅ぼしたムワッヒド朝でも引き続き首都となり、合計20kmの城壁に囲まれた市街には赤のレンガで築かれた家々が並ぶ都市が築かれるように。旧市街の建造物は、クッバ・バアディンという霊廟以外はほとんどムラービト朝時代に築かれたもの。

マラケシュの街並みはアフリカでも最大規模の旧市街

マラケシュの旧市街
画像素材:shutterstock

旧市街の南西部にあるクトゥビーヤ・モスクは古典モロッコ様式の傑作で、ミナレット建築の基本となっているもの。他にも旧市街の南側にあるアグノー門も美しいアーチが残っています。次のサアド朝時代(1509〜1659年)にも宮殿が建造され、アラウィー朝時代(1631〜1956年)は首都ではなくなったものの、さらに開発が進められ、アフリカでも最大規模の旧市街となっています。

そして、街の中心部にあるジャマ・エル・フナ広場は11世紀から利用されていた広場で、無形文化遺産にも登録。ここは今でも屋台が多く立ち並び、大道芸人などもいる賑やかな広場として現在も活動を続けているという点が評価されています。

登録されている主な構成遺産

クトゥビーヤ・モスク

クトゥビーヤ・モスク
画像素材:shutterstock

12世紀半頃に建設された旧市街でも最も広大なモスク。名称は、かつてモスクの周りは本を売る人々で囲まれていたことから図書館員を意味する「アル=クトゥビーイン」から由来。高さ77mのミナレットはムワッヒド朝の第3代目のアミール、ヤアクーブ・マンスールの時代に建設されたもので、町のシンボル的存在。

ミナレットは、幅に対する高さが1対5というデザインになっていて、これは古典モロッコ様式となっています。このモスクのミナレットは今日でもミナレット作りのモデルとされているもの。

アグノー門

アグノー門
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マラケシュで一番有名な門で、旧市街南部にある城塞に付随する門として12世紀に完成。アーチ周りの装飾は花やアラビア文字などが組み合わさった文様となっています。

エルバディ宮殿

エルバディ宮殿
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旧市街の南側にあるサアド朝時代に建設された宮殿。1578年にスルタンのアフマド・マンスール・ザハビーによって建造されました。彼の治世のほとんどの期間を費やして建設され、北はイタリアから南はマリまでさまざまな物品を仕入れ、壮麗な宮殿に仕上がりました。しかし、マンスールの死後は使用されることはなく、建物は材料として剥ぎ取られ、他の建築物で再利用されています。

バヒア宮殿

バヒア宮殿
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19世紀後半のアラウィー朝時代に建造されたもの。比較的新しい時代の建築物ではあるのですが、150もの部屋と美しい中庭があり、それぞれアラビア語の碑文や幾何学文様、唐草模様などで装飾され、モロッコらしい建築物になっています。

ジャマ・エル・フナ広場

ジャマ・エル・フナ広場
画像素材:shutterstock

街の中心にある広場のことで多くの屋台が集まることで有名。ここは11世紀のムラービト朝時代には、既に市場となっていたとされ、今でも金属細工や飲食物の屋台が所狭しと並んでいます。特にオレンジジュースが名物。

マラケシュの旧市街はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

クトゥビーヤ・モスク/マラケシュの旧市街
画像素材:shutterstock

マラケシュが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
マラケシュの旧市街は、美しい建築物の傑作が並ぶという点。

登録基準(ii)
マラケシュは、ムラービト朝の首都であったフェズの旧市街を応用して建造され、中世の都市開発において重要な役割を果たしていたということ。

登録基準(iv)
マラケシュは、西地中海におけるイスラム王朝の首都の完成形であったという点。

登録基準(v)
旧市街は、邸宅やスーク、職人街など、モロッコの伝統的な町暮らしがそのまま残っているということ。

世界遺産マニアの結論と感想

マラケシュは、モロッコ最古のイスラムの王都であるフェズの機能を応用して建造された都市で、各時代ごとに建築物が並び、イスラム王朝の王都として完成された都市構造であったという点が評価。そして、古来から続くマラケシュの暮らしが今でも残っているということもポイント。

世界遺産ではありませんが、マラケシュというと新市街にある「マジョレル庭園」のほうが有名かもしれません…。ここはアールデコの画家の家だったのですが、1980年代にファッションデザイナーのイヴ・サンローランが買い取って彼好みに家にして、引退後にのんびりと暮らしていたことでも知られます。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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