モロッコの世界遺産の数はいくつある?それぞれを一覧にして世界遺産マニアが解説

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アフリカ北西部にあるモロッコは、ヨーロッパとアフリカの境目にあることから多くの国家が興亡した地。そういった背景もあり、保存状態の良い旧市街が各地で残っていて、それらは世界遺産にも登録されています。ところでモロッコの世界遺産はいくつあるのでしょうか?

ここでは、モロッコの世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。

目次

フェズの旧市街

フェズの旧市街/モロッコの世界遺産
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フェズは、モロッコ北部の内陸都市で首都ラパドから東へ約200kmほどの距離にある古都。フェズ川とセブー川の合流点にあり、交易都市として栄えました。

旧市街は北アフリカ最大のモスクであるカラウィーン・モスクやマドラサ、宮殿など、モロッコにおいて最も古いイスラム都市であり、当時の町並みを現在まで残しています。

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マラケシュの旧市街

マラケシュの旧市街/モロッコの世界遺産
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マラケシュは、モロッコ中央部にあるアトラス山脈の麓に築かれた都市。ここは11〜12世紀に栄えたムラービト朝の君主ユースフ・ブン・ターシュフィーンが1071〜1072年に渡って都市を築き、首都としました。ムラービト朝はスペイン南部から西サハラまで支配した広大な帝国で、マラケシュは経済と文化の中心地として繁栄。

旧市街には、美しいクトゥビーヤ・モスクのミナレットなどが今でも残ります。赤レンガの建築物が点在する旧市街は「南方の真珠」と称されるほど。

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アイット=ベン=ハドゥの集落

アイット=ベン=ハドゥの集落/モロッコの世界遺産
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モロッコ中部のワルザザート県の丘陵地帯は、サハラ砂漠を東に抜けた先にあるスーダンと北部のマラケシュを結ぶルートの上にある場所で、クサールという要塞化した村がいくつか点在。

アイット=ベン=ハドゥは、その中でも保存状態の良いもの。家々は高い防御壁に囲まれていて、村の中には複数階建ての独特の建物が見られます。

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古都メクネス

古都メクネス/モロッコの世界遺産
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首都ラバトから東に約130kmの位置するメクネスは、現在のモロッコ王国の王朝・アラウィー朝の最初期の首都であった場所。ここは11世紀にムラービト朝時代に設立され、17世紀になると当時のスルタンであったムーレイ・イスマーイール(1672〜1727年)によって、アラウィー朝の都となりました。

城壁に囲まれた旧市街は、イスラム建築とヨーロッパ建築が融合した建造物が今も残り、ムーレイ・イスマイール廟では美しいモザイクが見られます。

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ヴォルビリスの考古遺跡

ヴォルビリスの考古遺跡/モロッコの世界遺産
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ヴォルビリスは、モロッコの首都ラバトと古都であるフェスの間に位置する考古遺跡。ここは肥沃な土地で、古くから集落があったものの、ローマ帝国がこの地を支配し、ローマ属州マウレタニア・ティンギタナとなると、小麦やオリーブなどが生産される農業都市へと変貌しました。

遺跡には、カラカラ帝の凱旋門など、壮麗なローマ建築が今でも残っています。その後、イスラム王朝の首都となった時期もありますが、18世紀のリスボン大地震で被害を受け、19世紀から発掘と修復が行われてきました。

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テトゥアン旧市街

テトゥアン旧市街/モロッコの世界遺産
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テトゥアンはモロッコ北部にあるテトゥアン州の州都で、急斜面に白い家々が並ぶことから「白い鳩」と呼ばれることも。

白い家々が並ぶ町並みは、15世紀にレコンキスタによってスペインから避難してきたイスラム教徒とユダヤ教徒によって再建されたもの。これらはスペインのアンダルシア地方の影響を受けています。

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エッサウィラ(旧名モガドール)のメディナ

エッサウィラ(旧名モガドール)のメディナ/モロッコの世界遺産
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モロッコ西部の中心都市であるマラケシュから西へ約200kmにある港湾都市。現在の町並みが形成されるのは18世紀になったから。もともとは沖合に浮かぶモガドール(「小さな要塞」という意味)島があったことからモガドールと呼ばれていました。

18世紀後半に当時の王によって国際貿易港として整備されました。ここは北アフリカのイスラム様式に近代ヨーロッパの軍事建築を融合した都市で、その後、港湾都市や城塞都市などのモデルとなったもの。

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マサガン(アル・ジャディーダ)のポルトガル様式市街

マサガン(アル・ジャディーダ)のポルトガル様式市街/モロッコの世界遺産
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アル・ジャディーダは、モロッコ最大の都市カサブランカから南西へ約90kmの位置する都市。かつてはマサガンと呼ばれ、ここは大航海時代にポルトガル人探検家がインドへ向かう途中の経由地として16世紀に建造された植民都市の一つ。

ここはルネサンス様式の城塞に、ポルトガル独自のマヌエル様式の聖母被昇天聖堂など、ヨーロッパとモロッコの文化の交流が見られる都市計画が見られます。

近代的首都と歴史的都市をあわせもつ遺産ラバト

近代的首都と歴史的都市をあわせもつ遺産ラバト/モロッコの世界遺産
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ラパドはモロッコ王国の首都であり、モロッコ北西部に位置する都市。人口は65万人と世界的に知名度は低いものの、20世紀のフランス保護領時代に設立されたモダニズム都市でもあります。

街の北側にある旧市街はムワッヒド朝時代(1130〜1269年)の首都だったこともあり、城壁や城門、モスクなども残存。ここは西洋のモダニズムとイスラム文化が融合した都市でもあります。

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世界遺産マニアの結論と感想

歴史の深いモロッコだけあって、世界遺産に登録されている9つの遺産はすべて文化遺産。特に旧市街はモロッコ独自の建築様式が見られたり、迷路のような構造だったりと、街歩きが楽しいので、ぜひ一度訪れてみてくださいね!

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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