ドイツの世界遺産「ダルムシュタットのマティルデの丘」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(4)
登録年2020年

ドイツ中西部にある都市ダルムシュタット。街の東にあるマティルデの丘の上には、1897年にヘッセン大公エルンスト・ルートヴィヒによって芸術村が築かれました。ここは「ユーゲント・シュティール」という、ドイツ発の先鋭的な芸術家運動の拠点となり、現在でも芸術家たちが建造したモダン建築や独特なデザインが見られます。

ここではダルムシュタットのマティルデの丘がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、マティルデの丘について詳しくなること間違なし!

目次

ダルムシュタットのマティルデの丘とは?

画像素材:shutterstock

ダルムシュタットは、ヘッセン州南部の都市で、中心都市であるフランクフルト・アム・マインから南へ約30kmの位置にあります。ここはかつてヘッセン公の領地でした。

エルンスト・ルートヴィヒは芸術家を支援していて、1897年にこの場所に芸術家村を設立。ここは「ユーゲント・シュティール」という、ドイツ発の先鋭的な芸術家運動の拠点となり、彼らは独自の近代建築やデザインをここで実現していきました。20世紀初頭には国際展示会も開かれると、その度に建築物は追加され、エリアは拡大。現在残る建築物や都市デザインは、生活と美術を一体化するアーツアンドクラフツ運動と伝統芸術からの脱却を目指したウィーン分離派の影響を受けたもの。

登録されているのは、1901、1908,1914年の国際展示会にて建造された建築物と1904年の展示会用の建造物の2つのグループに分かれ、23の構成遺産が点在。1901年の展示会の建造物は「ドイツ芸術の文章」と名付けられ、個性的な邸宅やスタジオなどが建造されました。1908年の展示会で建造された「ウェディングタワー」は展示ホールの横に作られたもので、48.5mの塔はマティルデの丘のシンボル的存在。

ダルムシュタットのマティルデの丘はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

マティルデの丘が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
マティルデの丘は、ヨーロッパで流行した、アーツ・アンド・クラフツ運動やウィーン分離派の流れをくむ、近代建築や都市計画に影響を与えられていたという点。

登録基準(iv)
マティルデの丘は、ヨーロッパ各地でのモダニズム運動やデザインなどの影響を受け、革新的で優れたデザインの建築物が造られたということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ダルムシュタットにあるマティルデの丘は、ヘッセン大公エルンスト・ルートヴィヒによって支援された芸術家たちがそれぞれ国際展示会に向けて、作品を多く残した場所であるということがポイント。これらはヨーロッパ各地のモダニズムやデザイン運動の影響を受けたものであり、それらが広がった証拠でもあったという点で評価されています。

ダルムシュタットは工業都市であり、学術都市でもあることからモダンな建築物が多く立ちますが、第二次世界大戦時に古い建造物は多く破壊されました。よって、マティルデの丘に残る建造物は先鋭的なものではあるものの、古き良きダルムシュタットの文化を残すという点も重要なのかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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