マレーシアの世界遺産「マラッカ海峡の歴史的都市群:ムラカとジョージタウン」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準 (2), (3), (4)
登録年2008年

マラッカ海峡にあるムラカとジョージタウンは、500年以上に渡って貿易で栄えた都市。マラッカ王国の首都であったムラカはポルトガルとオランダに支配された時期の建築物が残り、ジョージタウンはペナン島にある商業都市でイギリスの支配下の建築物が集まり、東洋と西洋が入り混じった独特の町並みが見られます。

ここでは、マラッカ海峡の歴史的都市群:ムラカとジョージタウンがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ムラカとジョージタウンについて詳しくなること間違なし!

目次

マラッカ海峡の歴史的都市群:ムラカとジョージタウンとは?

画像素材:shutterstock

マレー半島とスマトラ島の間の海峡はマラッカ海峡と呼ばれ、この地はヨーロッパや中等から中国を結ぶという交易路として古くから栄えてきました。マレー半島中部にあるジョージタウン、南部にあるジョージタウンは、季節風(モンスーン)の変わり目にあるマラッカ海峡を通る船が、風待ちのために停泊する中継地でした。ここにはマレー半島はもちろん、東洋と西洋の文化や宗教が融合して、独特の町並みを形成し、今でもその時代の名残が残っています。

ムラカ(マラッカ)

マレー半島の西海岸南部に位置する都市で、かつては15〜16世紀に栄えたイスラム王朝であったマラッカ王国の首都であった街。16世紀にポルトガル、17世紀にオランダ領となると、それぞれの政府庁舎や教会、要塞などが築かれました。19世紀になるとイギリスの保護領となります。

街の中心部にある「スタダイス」には、時計台のある広場があり、「赤い広場」という別名を持ちます。ここは17世紀からオランダ時代の市庁舎として使用されたもので、現在は街最大の博物館として利用。

ジョージタウン

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マレー半島の西側に浮かぶペナン島。この島の北東部にあるジョージタウンは、18世紀にイギリス東インド会社が交易の拠点として建造した都市で、英国風の建造物が多く残ります。しかし、ここは中国系住民が多く住み、マレー系やインド系の住民も住んでいたため、彼らの文化が混ざった多民族都市でもありました。

旧市街には、コーンウォリス要塞という英国風の堅固な要塞も残っていて、現在は観光スポット兼商業施設として利用されています。

マラッカ海峡の歴史的都市群:ムラカとジョージタウンはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ムラカ(マラッカ)とジョージタウンが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
ムラカとジョージタウンは500年以上もマレー、中国、インドの文化を受け入れてきた、東南アジアの交易都市の例であったということ。

登録基準(iii)
ムラカとジョージタウンは、アジアの多文化とヨーロッパの植民地時代の影響を受けた都市で、それが言語や芸術、料理など、文化にも影響を与えているという点。

登録基準(iv)
ポルトガルやオランダ時代の建築物など、西洋の文化を取り入れた独特の町並みは、アジアの他の都市ではあまり見られないということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ムラカとジョージタウンは、マラッカ海峡という地理的な利点もあり、500年以上も前からヨーロッパやインド、中国の人々が訪れる交易都市として発展し、それが町並みに反映されているという点で評価。それは建築物だけでなく、言語や芸術、踊り、料理など、多岐に渡っているのもポイント。

ペナンといえば、マレーシア有数の観光地でもあり、人口でも第2位の都市であるほどに近代的な町並みが広がっています。しかし、なぜか観光客向けのトライショー(自転車の横にサイドカーを付けた乗り物)が交通では、車よりも優先されていて、なんとナンバープレートまであるほどの立派な公共交通なのです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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