イギリスの世界遺産「ニュー・ラナーク」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (4), (6)
登録年2001年

スコットランド最大都市のグラスゴーから南へ約30km。ニュー・ラナークは18世紀に築かれた村で、かつては綿紡績工場がありました。空想的社会主義者であるロバート・オーウェンによって、ここに住む子どもたちは19世紀の優れた教育を受けることができるなど、労働者が暮らしやすい環境を築き上げたことで有名です。

ここではニュー・ラナークがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ニュー・ラナークについて詳しくなること間違なし!

目次

ニュー・ラナークとは?

画像素材:shutterstock

ニュー・ラナークは、スコットランド南部サウス・ラナークシャーの都市ラナーク郊外に位置する、クライド川沿いの村。ここは18世紀にグラスゴーの実業家であったデヴィッド・ダイルが、リチャード・アークライトが開発した水陸紡績機を導入し、工場や労働者のための邸宅などが並ぶ村を建設しました。

デイルの娘婿であるローバート・オーウェン(1771〜1858年)は19世紀初頭に活躍した空想的社会主義者の一人でした。彼は人道主義者として知られ、当時は立場の弱い労働者のために、ニュー・ラナークで彼の理想の都市を実現し、労働組合などの制度を導入。それによって労働者たちの生活は改善され、子どもたちのために学校まで設立されるように。こうして、ニュー・ラナークは名声を得るようになり、理想的な産業コミュニティとしてヨーロッパ中で知られるようになりました。

画像素材:shutterstock

当時は急進的なコミュニティとされていましたが、現在ではこのシステムは広く受け入れています。そして、ここには当時の最先端工場やオーウェンの思想を反映した学校などが点在するように。

工場は1968年まで操業し、1975年から保全トラストが創設されると、2001年に世界遺産として登録。2006年にはほとんどの建設物が修復されて整備されました。現在は博物館やホテルなどに改装され、観光地となっています。

ニュー・ラナークはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ニュー・ラナークが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
リチャード・アークライト開発の水陸紡績機を導入した工場を中心に労働者の邸宅が並ぶというスタイルは、19〜20世紀の産業コミュニティのモデルとなったという点。

登録基準(iv)
ニュー・ラナークは、設備の整った邸宅だけではなく、労働者のための公共施設も非常に優れているということ。

登録基準(vi)
ニュー・ラナークは、児童教育、労働環境の改革、労働者たちの福祉など、ロバート・オーウェンの思想が反映された都市であり、19世紀以降の社会構造のモデルとなっていたという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ニュー・ラナークは、ロバート・オーウェンと同義語というほどに彼の空想的社会主義を実現した都市で、労働者が暮らしやすい環境は、世界の産業都市のモデルにもなったという点が評価。そして、19世紀以降の社会のあり方というものがここで見られたということもポイント。

ちなみに、現在のニュー・ラナークの住宅や工場は一部博物館とはなっていて、他にもホテルやレストラン、ショップとして利用されています。しかし、村そのものを保存するという発想のため、テレビアンテナの設置は認められず、電話やテレビはすべて地下のケーブルを通じて利用しなければならないという徹底ぶり。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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