ロシアの世界遺産「ノヴゴロドと周辺の文化財」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(4),(6)
登録年1992年

ロシアの北西部、バルト海の近くにあるノヴゴロドは、9世紀に築かれたロシアで最初の首都に選ばれた都市。バルト海と黒海の交易で栄えた都市には、教会や修道院が多く作られ、初期のロシア正教会の中心地でもありました。

ここでは、ノヴゴロドと周辺の文化財がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ノヴゴロドについて詳しくなること間違なし!

目次

ノヴゴロドと周辺の文化財とは?

画像素材:shutterstock

北西連邦管区・ノヴゴロド州の州都であるノヴゴロド。町の起源は9世紀に遡り、かつては北欧の国々と東ヨーロッパの国々との中継貿易で栄えました。ルス族の首長リューリクがこの町を占領したことから、ここがロシア初の国家とされています。その際に名付けられたのが「新しい都市」という意味のノヴゴロド。

12世紀にヴェーチェ(市民による議会)によって自由都市になると、ハンザ同盟の国々とも交易し、14〜15世紀には最盛期を迎えました。しかし、17世紀にはスウェーデンに占領され、18世紀に近くにサンクトペテルブルクが建設されると徐々に衰退していきます。

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ノヴゴロドには、11世紀に書かれた最も古いスラブ語の文章なども発見されるほど、文化の中心地でもありました。市内には1045年建造の聖ソフィア聖堂もあり、ノヴゴロドはロシア北部の布教の基点に。ここは15世紀に城壁で囲まれ、クレムリン(城塞)になり、現在でもその様子が分かるようになっています。郊外には、ネレディツァの丘にある救世主教会など、歴史的建造物もいくつか点在し、これらも登録。

ノヴゴロドと周辺の文化財はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ノヴゴロドが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
文化の中心地であったノヴゴロドは、石造り建築などが多く見られ、中世のロシア芸術の発展に影響を与えていたという点。

登録基準(iv)
町には11〜19世紀の建設物が今でも保存されており、ロシアの建築技術の発展が見られるということ。

登録基準(vi)
ノブゴロドは、ロシア文化のルーツの一つであり、古くから残る建築物はそれを証明しているという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ロシアという国のルーツの一つでもあるノヴゴロド。ここはノヴゴロド公国の首都でもあり、現在のロシアへと繋がる文化の基盤などが見られるという点で評価されています。

ちなみに、この町の起源がルーシ族であるということは述べましたが、彼らはノルマン人のヴァイキングであるという説や純粋なスラブ人であったという説があり、今でも決着が付いていません。しかし、リューリクという人物はノルマン人であったとされ、当時のノヴゴロドは様々な民族が入り混じっていた地域であったと考えられています。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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