ロシアの世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1),(2),(4),(6)
登録年1990年

ロシアの西部にあるサンクトペテルブルクは、ロシア皇帝ピョートル大帝が1703年から要塞を建造したことが起源。今ではエルミタージュ美術館として知られる冬宮殿などの壮麗な宮殿や無数の運河、400以上の橋が並び、「北のヴェネツィア」とまで呼ばれる美しい景観を持つ町でもあります。

ここでは、サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、サンクトペテルブルクについて詳しくなること間違なし!

目次

サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群とは?

画像素材:shutterstock

サンクトペテルブルクは、レニングラード州の州都でネヴァ川の河口に位置するロシア第2の人口を誇る都市。ここはかつて帝政ロシア時代の首都となった場所で、バロック様式や新古典主義様式などを取り入れた美しい建築物が並びます。

町の起源は、ロマノフ王朝の開祖であるピョートル1世が、ヨーロッパを巡り、ロシアの西欧化を検討したことから始まります。1701年にスウェーデンとの戦争に勝利、1703年にこの地にペトロパヴロフスク要塞を建設し、新都の建設を始めました。

もともとは湿地帯のため、何万人もの戦争捕虜を使い、運河や水路を建造。フランス人建築家であったアレクサンダー・ルブロンが都市計画を担当し、18世紀始めには周囲の風景と調和するように教会、修道院などが並ぶ大都市が完成しました。そして、1713年にはサンクトペテルブルクが首都と定められたのです。

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ピョートル大帝はバロック様式を好んだためにピョートル・バロックとされるメンシコフ宮殿なども残ります。その後、ロシア皇帝はこの町を整備していき、1754年には目抜き通りであるネフスキー大通りが完成。そして、18世紀後半のエカチェリーナ2世の頃には、新古典主義様式の建築物が増えていき、現在はエルミタージュ美術館として利用されている冬宮殿が完成すると、冬宮殿を中心に放射状に延びるように町並みが形成されていきます。

19世紀になると人口が22万人という大都市に。しかし、1917年にロシア革命が発生すると、ソビエト連邦が誕生し、1922年にモスクワへ首都が移転。それ以降はレニングラードと呼ばれますが、1991年にソ連が崩壊すると元の名前に戻りました。

登録されている主な構成遺産

ペトロパヴロフスク要塞

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1703年にピョートル1世によって建造された要塞で、サンクトペテロブルク発祥の地。星形要塞になっていて、中央にある「首座使徒ペトル・パウェル大聖堂」にピョートル1世が眠っています。そして、歴代皇帝の埋葬地となりました。

メンシコフ宮殿

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1710年に総督であったアレクサンドル・メンシコフの邸宅として設立。ここはピョートル大帝の好んだ「ピョートル・バロック」の建築物で、現在はエルミタージュ美術館の支部として公開されています。

冬宮殿(エルミタージュ美術館)

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皇帝の冬の王宮として1754~1762年の間に建設。ここを初めて利用したのが、女帝であったエカテリーナ2世。そして、1917年のロシア革命以降はエルミタージュ美術館として利用されるように。

もともとは、エカテリーナ2世は美術品を多く買い取ったことがコレクションとしての始まりで、彼女はわざわざ美術品展示室を作ったほど。現在の外観は緑色ですが、これは1947年に塗られたもので、建設時は薄い黄色でした。

サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

サンクトペテルブルクが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
湿地帯から開拓して作られたこの都市は、都市デザインとしてユニークで美しい景観を持つ都市であるということ。

登録基準(ii)
歴代ロシア皇帝によって整備されたサンクトペテロブルクは、多数の建築物が作られ、ロシアやフィンランドなどの建築様式と芸術に大きな影響を及ぼしてきたという点。

登録基準(iv)
市内に残る多くの建造物は、バロック様式と新古典主義様式などの優れた建造物であるという点。

登録基準(vi)
サンクトペテルブルクは、1703〜1725年にかけて町の建設、そして、1917年にここでロシア革命が発生し、ロシアの歴史と密接的に関わっているという点。

世界遺産マニアの結論と感想

サンクトペテルブルクは、歴代ロシア皇帝によって整備され、バロック様式と新古典主義様式などの美しい建物が並ぶという景観が作られたという点で評価。そして、ロシア革命の火付けとなった場所というのもポイント。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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