パキスタンの世界遺産「タフテ・バヒーの仏教遺跡群とサハリ・バハロールの近隣都市遺跡群」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(4)
登録年1980年

パキスタン北部にあるタフタ・バヒーは、1世紀に丘の上に建造された仏教寺院跡で保存状態は良好です。ここは7世紀まで密教の中心地であり、仏塔や僧院などが存在し、ガンダーラ様式の仏像も発掘されるほど。近くには同時代の要塞都市であったサリ・バロールがありますが、現在は遺構のみが残存。

ここではタフテ・バヒーの仏教遺跡群とサハリ・バハロールの近隣都市遺跡群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、タフテ・バヒーについて詳しくなること間違いなし!

目次

タフテ・バヒーの仏教遺跡群とサハリ・バハロールの近隣都市遺跡群とは?

画像素材:shutterstock

パキスタン北部にあり、アフガニスタンとの国境沿いに広がるカイバル・パクトゥンクワ州。このエリアはガンダーラ地方と呼ばれ、クシャーナ朝(不明〜375年)のカニシカ王(在位144年頃〜171年頃)によって築かれた仏教寺院、タフテ・バヒーがありました。カニシカ王は仏教を手厚く保護したことで有名で、寺院は標高36m〜152.4mの丘の傾斜沿いに築かれたもの。タフタ・バヒーは「源泉の玉座」を意味していて、かつてここには泉があったとされています。

ここには小さなストゥーパ(仏塔)が中庭に多く並び、祠堂や主塔院、瞑想用の小部屋、食堂などが集まるガンダーラ美術の寺院はパキスタンでも最も保存状態の良いもの。現在は遺構が残り、仏像も出土しています。

サハリ・バハロールはタフタ・バヒーから南へ約5kmに位置する平野に広がる要塞都市跡。ここはクシャーナ時代に高さ9mの丘の上に作られ、堅固な城塞に囲まれていました。現在は2階建ての邸宅の土台しか残っていません。しかし、石やスタッコの仏像などが発見されています。

タフテ・バヒーの仏教遺跡群とサハリ・バハロールの近隣都市遺跡群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

タフテ・バヒーが評価されたのが、以下の点。

登録基準(iv)
タフテ・バヒーの仏教遺跡と近隣都市遺跡は、その都市設計、建築様式、建築技術など、ガンダーラ地方で1〜7世紀にかけて発展した僧院と都市共同体の特徴的な例であるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

タフテ・バヒーとサハリ・バハロールは、インドで発展した仏教がこの地に伝わり、当時のガンダーラ地方で発展した寺院や都市の優れた例であるという点で評価されています。

実はブッダは偶像崇拝を否定していたため、紀元前後まで仏像が築かれることがなかったのですが、クシャーナ朝時代にはギリシャやペルシャ、インドの美術様式が取り入れ、世界でも最初期の仏像が築かれるようになりました。日本人がよく知る仏像のルーツはクシャーナ朝にあるのです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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