ネフェルタリ(不明~紀元前1225年頃)は、古代エジプトでも繁栄した時期のファラオであったラムセス2世の王妃だった人物。ラムセス2世に愛された王妃で、彼女のための神殿も築かれたほど。そんなネフェルタリとはどういった人物だったのでしょうか?
今回はネフェルタリがどんな人物だったかを世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、について具体的に理解できること間違いなし!
ネフェルタリとはどんな人物?

ネフェルタリは、第19王朝(紀元前1293年頃 – 紀元前1185年頃)の王妃であり、ラムセス2世(在位:紀元前1279年頃〜紀元前1213年頃)の正妃でした。その全名はネフェルタリ・メリトエンムトと呼ばれ、「美しい人・女神ムトに寵愛されし者」という意味。
エジプト南部の巨大な神殿あるアブ・シンブル神殿では、彼女のための神殿があるというほどに、多くの王妃を持つラムセス2世によっても彼女は特別な存在であったという証拠でもあるでしょう。彼女の出自は不明ではありますが、第1王妃ではあるものの、王族出身ではないので、なぜここまで愛されたのかは不明です。
ラムセス2世の在位25年目で亡くなってしまいますが、彼女との間の子どもたちは、ラムセス2世が高齢まで生きたということもあり、ファラオへと即位はしていません。
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ネフェルタリの墓(王妃の谷)/エジプト



エジプト中部・ルクソールにある王家の谷の南西に位置していて、おもにファラオの妻を中心に埋葬されています。エジプト新王国・第18〜20王朝の王妃だけでなく、王子や王妃なども埋葬。その中でもネフェルタリの墓(QV66)は、レリーフの装飾が美しく、保存状態も良好のため、王妃の谷を代表する王墓になっています。
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アブ・シンベル小神殿/エジプト



スーダンとの国境近くにあるアブ・シンベルにあり、神殿は紀元前1264年頃から約20年かけて建造されたと考えられ、大神殿と小神殿の2つに分けられています。
大神殿から北に120m離れた場所には小神殿が築かれていて、これは愛と美の女神であるハトホル神と、ラムセス2世の王妃ネフェルタリに捧げられた神殿です。ちなみに、6体の像がありますが、4体がラムセス2世で2体はネフェルタリ。ファラオの像と王妃の像が同じ高さで築かれているのは、非常に珍しい例です。
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世界遺産マニアの結論と感想
ネフェルタリは、生まれは王族ではなく、第18王朝時代の神官であり、ファラオともなったアイの一族であったという説もありますが、正妃となった理由は定かではありません。しかし、彼女は有名なアブ・シンベル神殿でも彼女のための神殿が築かれたほどであり、その墓の美しさからラムセス2世の愛情は感じられますね。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。