日本で初めてキリスト教を布教したフランシスコ・ザビエル(1506〜1552年)は教科書などでもおなじみ。そんな彼ですが、カトリックの聖人でもあり、なんと…その肉体は、今も腐敗せずに残っていることで有名です。どうして腐敗しなかったのでしょうか?
今回はザビエルのミイラを世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ザビエルのミイラについて具体的に理解できること間違いなし!
※ここでは日本における通称「ザビエル」にしています
ザビエルの遺体はなぜミイラ化したのか?

スペイン生まれのフランシスコ・ザビエルは日本で布教した後、中国で布教を開始しようと中国へ向かうも、1552年に中国・広東省の上川島で病死してしまいます。彼の遺体は一度、石灰とともに埋葬されましたが、数ヶ月後に掘り起こしたところ、ほとんど腐敗していなかったと言われます。
1553年に遺体をマレーシアのマラッカへ移送し、1554年にはインドのゴアへ移され、ボム・ジェズ教会に安置。そして、インドへ到着しても腐敗はしておらず、この現象が「奇跡」とされ、多くの信者に崇敬されるようになりました。
なぜ右腕は別々にされたの?



1554年3月に聖パウロ聖堂にて棺から遺体が出され、一般拝観が許された際に参観者の一人が右足の指2本を噛みちぎってしまいました。その後、指は聖堂へ戻されたものの、その中の一つはザビエルの故郷のスペインのハビエル城に保管されています。
1614年にローマのイエズス会総長の命令で右腕が切断されました。なんと、そこから血が流れ出たために「奇跡」とされています。そのため、右腕は今でもイタリア・ローマのジェズ教会に安置。
現在もザビエルのミイラ(遺体)はゴアのボム・ジェズ教会に安置。銀の棺に納められ、ガラス越しにその姿を見ることができ、約10年に一度、特別公開され、巡礼者が多く訪れています。
世界遺産マニアの結論と感想
フランシスコ・ザビエルの遺体は「奇跡の不朽体」とされ、今でもインドのゴアに安置されています。その理由としては「石灰」の殺菌効果があり、遺体の保存に寄与したと考えるのが一般的。あと遺体を移送するために、死後に最低限の防腐処理がされていたとも考えられ、それらの条件がそろった…とするのが科学的な観点。
ちなみに、日本でもザビエルの身体の一部は聖遺物として各地の教会に送られてて、東京のカトリック関口教会や大分トラピスト修道院などでも見ることができます。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。